Love story Chapter two-6
Chapter two - 6
お隣のお母さんがやってきた。
急にカナダに行くことになったので留守中、息子3人をよろしくって。
なんでも緊急の用事ができてしまったそうで、お隣さんは3人の息子を残してその日の夜の便で日本を発った。
お隣のお母さんは食事や洗濯、掃除は3人でできるので問題は無いけど、なにかあった時のことを心配していた…そしてそのお母さんの心配は見事に的中してしまった。
その日はいつもと同じで雪が降って寒い夜だった。
お風呂にも入ったしもうそろそろ寝ようと思っていた、その時…
いきなり地面が揺れて家がガタガタと音を立て始めた。
地震は慣れているので今回もそう大したことは無いだろうって思っていたら、
次の瞬間、揺れが激しくなって立っていられないくらいになった。
私はよろけながら部屋のドアを開けて隣のお兄ちゃんや翔に声をかけた。
すぐに2人も部屋から出てきて私達3人は固まって揺れが収まるのを待った。
地震が来てすぐに電気が切れた。
真っ暗の中でどれくらい時間が経っただろう。
やっと揺れが収まったのでお兄ちゃんが部屋から懐中電灯を持ってきて3人で1階に降りた。
あの揺れの割りには家の中の被害は少なかった。
ちょっと前に耐震工事をしていたのと、家中の家具がしっかり固定されていたのが幸いした。
お兄ちゃんはすぐに携帯で両親に電話をかけた。
お母さんは急に病気になった単身赴任をしているお父さんの所に行っていた。
電話も電気と一緒に地震の後すぐに切れていた。
私は急に隣の3人が気になった。
お兄ちゃんは両親と電話中なので翔を連れて隣の様子を見に行った。
玄関のベルを鳴らしても誰も出てこない。
家の中はもちろん真っ暗でなにも見えない。
私はドンドンと玄関のドアを叩いて3人の名前を呼んだ。
少しして、中からガタガタとなにかに当たりながら人が近づいて来る音がしてドアが開いた。
懐中電灯で照らすと暗闇に立っていたのはジャックだった。
地震のショックのせいか目を見開いたまま黙っている。
私はジャックの肩を揺さぶって言った。
「ジャック、大丈夫?怪我してない?ジェイムズやジョシュアは?」
ジャックはハッとして2人は部屋にいるはずと言った。
私は懐中電灯でジャックの家の中を照らして固まってしまった。
家中の物が倒れていて足の踏み場も無いほどだった。
その中をなんとか2階にたどり着いて2人の名前を呼ぶ。
ジョシュアの部屋から誰かの低い泣き声が聞こえてきた。
私はジョシュアの部屋に飛び込んで言葉を失った。
部屋の中は竜巻でも通ったかのようにめちゃめちゃだった。
その中に大きな本棚が倒れていてその横でジョシュアは泣いていた。
「ジェイムズが、僕を助けようとして。そして…」
まさかと思って本棚の下を恐る、恐る覗くと下敷きになっているジェイムズが見えた。
私は夢中で本棚を持ち上げようとしたけど重くてぜんぜん上がらない!
呆然としている翔にお兄ちゃんを連れてきてと叫んだ。
そしてジャックとジョシュアに向かって怒鳴った。
「なにしてるの!手伝って!本棚持ち上げてジェイムズを助けなきゃ、早く!」
本棚は3人でやっと少し持ち上げられるくらいだった。
そこに翔から話を聞いたお兄ちゃんが部屋に飛び込んできた。
そして5人で持ち上げてやっとジェイムズの体は本棚から解放された。
「えり、早く!ジェイムズを引き出すんだ。でも慎重に!」
私はお兄ちゃんに言われた通りに慎重にジェイムズの体を本棚の下から引き出した。
ジェイムズはぴくりともしない。
懐中電灯で照らしたジェイムズの顔は血にまみれていて、私は怖くて泣きそうになった。
お兄ちゃんがジェイムズの頚動脈に指を当てて言った。
「脈はある,大丈夫だ。救急車を呼ぼう。でもこの状態で来るかどうかは疑問だ。えり、外傷がどれくらいひどいか見てくれないか。でも極力ジェイムズの体を動かさないようにして。脊髄を損傷してるかもしれない。それに内部出血の可能性もある。慎重に」
私にそう言うとお兄ちゃんは携帯から119番に電話をかけながらジャックとジョシュアに言った。
「両親にはまだ連絡して無いな。救急車を呼んだ後にこの電話で両親に連絡するといい」
この状態では3人の携帯電話がどこにあるかわからないだろうとお兄ちゃんは思ったに違いない。
ジェイムズの体を慎重にチェックする。
体中、ガラスで切った痕から出血してる。でも大きな外傷はないみたい。
足のあたりを触ってみたらジェイムズがあっと声を上げて意識を取り戻した。
なにが起こったのか把握できない中、体中の痛みに耐えるジェイムズ。
「ジェイムズ、もう大丈夫。ジャックもジョシュアも大丈夫だから安心して。私はここにいるよ」
焦点の定まらない見開いたジェイムズの瞳が私の顔で止まった。
「エリ?どうしてここに…」
ジェイムズの意識がはっきりしてきてなにかを思い出したかのように言った。
「そうだ、ジョシュア。アイツは大丈夫?本棚に挟まれたんだ」
「ジェイムズ、僕は大丈夫だよ。でもジェイムズがこんなになっちゃって」
ジョシュアはまた泣き出した。
お兄ちゃんはやっと電話が通じてカナダにいる3人の両親に無事を伝えていた。
彼らも地震のニュースを見て電話をかけていたけど通じなくて心配していたところだった。
お兄ちゃんはジェイムズに電話を渡した。
ジェイムズは長男らしく2人の弟に怪我は無く、自分の怪我も大したことは無いから心配しなくても良いと言っていた。
その後、ジャックとジョシュアが電話に出て両親を安心させた。
電話を切ってすぐに救急車が家の前に止まる音がした。
お兄ちゃんと翔が1階に降りて救急隊を迎えに行ったその時にまた大きな余震が来た。
私達がいる2階はガタガタを大きな音をたてて揺れた。
私は咄嗟にジェイムズの上に覆いかぶさった。
もう落ちてくる物は無いし2階が崩れることはまず無いと思ったけどそれでもやっぱり恐かった。
ジャックとジョシュアもしゃがんで揺れが収まるのを待っていた。
揺れが収まってお兄ちゃんと翔が救急隊を連れて戻ってきた。
「えり、もう大丈夫だ」
揺れが収まっても私はジェイムズの体をかばったままだった。
体を離す時、ジェイムズの顔がすぐそこにあった。
「もう大丈夫だよ、ジェイムズ。救急隊が来たから。病院で診てもらってね」
救急隊はジェイムズを担架に乗せて慎重に2階から救急車に運んで乗せた。
救急車には私が一緒に乗ることになった。
最初は家族のジャックかジョシュアということだったけど、こういう非常事態で病院も混乱しているだろうし、手続きのこともあるので日本語がちゃんと通じる人のほうが良いということだった。
私は心配そうに見つめるジャックとジョシュアに病院に着いたら連絡すると言って救急車に乗り込んだ。
「家のことは大丈夫だ。ジェイムズのことを頼む、えり」
「うん、お兄ちゃん」
そして救急車は病院に向かった。
病院では地震で怪我をした人達が治療を受けていたけど、夜だったこともあって思ったより怪我をした人が少なくて混乱はしてない様子…
電気が病院の自家発電で点いているけど最低限の明かりだけで薄暗く不安…
ジェイムズはすぐに検査のために連れて行かれた。
私は別れ際にジェイムズの手にキスをして大丈夫と言った。
待っている間、受付で入院や保険の手続きを済ませた。
保険会社についてはジェイムズのお母さんが前に言ってたことを覚えていたので受付でその大手外資系保険会社の名前を出したら問題無かった。
病院も企業のようで支払いの心配が先なのかなぁって…なんか寂しい気持ちになっちゃった。
どれくらい待ったかなあ。
看護婦さんが私を呼びに来た。
検査も終わってジェイムズは病室で休んでいるとのことだった。
病室では治療を受けて顔の血も綺麗にふき取ってもらったジェイムズがベッドに横になっていた。
ジェイムズの病室は個室…よっぽど高い保険に入ってるのかな…
「後で先生が病状の説明に来ますので」
そう言って看護婦さんは病室から出て行った。
私は看護婦さんに頭を下げた後、ジェイムズの寝ているベッドに近づいた。
「気分はどう?どこか痛むところとかある?」
ジェイムズは腕を伸ばして私の手を取った。
そしてなにか言おうとしたちょうどその時、先生が部屋に入ってきて病状の説明を始めた。
検査の結果から脊髄損傷も内部出血も見つからず大事は無いとのことだった。
「ただガラスでの損傷と本棚に挟まれた時の打撲が体中にあるので念のため今晩は入院して様子を見ましょう」
そう言うと先生は忙しそうに病室を出て行った。
「よかった…みんなにも知らせなくちゃね」
私はお兄ちゃんに私の携帯から電話して先生の話を伝えた。
「そうか…よかったよ…」
少し安心したような声でお兄ちゃんは言った。
それからジャックとジョシュアは余震の心配があるので今晩はうちに泊まっているので何かあったら電話するようにとのことだった。
お兄ちゃんがジャックとジョシュアにジェイムズの容態を説明しているのが聞こえた。
そしてお兄ちゃんはこちらは心配無いのでジェイムズの世話を頼むと言って電話を切った。
「ジャックとジョシュアは今晩うちに泊まってるって。心配はいらないから安心して休んでくれって」
「リョウには申し訳ないくらい世話になってしまった」
「そんなこと、お隣同士なんだもの…」
ジェイムズの顔を見ていたらなんだかほっとして緊張がとけて思わず涙がこぼれてきた。
ジェイムズは腕を伸ばして私の手を取った。
私はジェイムズの大きな手を両手で包んで自分の頬につけた。
「ジェイムズ、私…ジェイムズが無事でよかった。本当によかった」
前が見えなくなるくらい涙があとからあとから流れた。
「エリ…」
ジェイムズは私の頬に流れる涙を指でふき取って私を引き寄せた。
私はベッドに腰を降ろしてジェイムズの髪を指で漉いた。
サラサラの金色の髪が私の指の中で流れる。
ジェイムズの綺麗な顔にできたガラスで切った傷にそっとキスをした。
ジェイムズが両手で私を抱きしめ、アイスグレーの瞳で見つめる。
その瞳に吸い込まれるかのように私の意識が遠くなっていく。
私の唇のすぐ下にジェイムズの唇がある。
そしてどちらからとも無く唇を求め合った。
ジェイムズの私を抱きしめる腕の力を背中に感じながら私は意識の波の中を漂っていた。
そんな時、小さい地震の揺れを感じて私はハッとしてジェイムズから離れた。
今、私達の間に起こったことの意味ってなに?
頭がくらくらする…どうして…外に出て風でもあたってこなきゃ…
「ちょっと飲み物買ってくるね…」
歩きかけた私の腕をジェイムズが掴んだ…そして私の知らないジェイムズの顔で言った。
「ここにいて欲しい。エリと離れたくないんだ。そばにいて…今だけは僕の…」
ジェイムズの瞳には涙が浮かんでいる…私はベッドの横の椅子に座った。
そしてその後、看護婦さんが入ってくるまで私達はなにも話さずただ見詰め合っていた。
看護婦さんはジェイムズの体温を測って顔の傷をチェックした。
そして切り傷が化膿しないように薬を飲むことと、退院したらよく気をつけて消毒するようにって。
本棚の下敷きになってこれくらいで済んで本当にラッキーだったわねと看護婦さんが言って出て行った。
「ジェイムズ、少し休んだほうがいいよ。電気消そうか」
私はさっきのことが無かったように言った。
「そうだね、エリ。ありがとう」
ジェイムズはそう言うと目を閉じた。
私は自分の気持ちがわからなかった。
本棚の下敷きになっているジェイムズを見た時心臓が止まるかと思った。
血だらけのジェイムズを見た時、彼を失いたくない、心の奥から強い思いがあふれ出た。
だから先生から大事が無いことを聞いた時、私はうれしくてジェイムズを抱きしめたいと思った。
"今だけは僕の…"
その後になにを言いたかったの、ジェイムズ。
なんだか頭が混乱してきた…お兄ちゃんの声が聞きたかった。
今晩はいろんなことがありすぎて疲れちゃったよ…なにも考えずにただお兄ちゃんに甘えたかった。
部屋の隅で電話をかける。お兄ちゃんが出た。
思わず泣きそうになったけど我慢した。心配かけられないもの。
「今、ジェイムズは寝てるの。家のほうはどう?翔は?ジャックとジョシュアは落ち着いた?」
お兄ちゃんは皆寝てるから大丈夫だと言った。そして私にも早く寝るようにと。
「でもジャックはなにかあってもちゃんと言わないから気をかけてあげてね」
私はそう言って電話を切った。
窓の外の雪景色を見ながら家で寝ているジャックのことを考えていた。
「ジャック…」
お兄ちゃんに言われた通り私も少し寝たほうがいいかもしれない。
ベッドの横の椅子に座ってジェイムズの寝顔を見ていたらだんだん眠くなってきたみたい…ベッドの端に顔を寄せた…ちょっとだけ…眠らせてね…ジェイムズ…