Love story Chapter two-11

Chapter two -11

  

うーん、寒い。

腕を伸ばすとそこは暖かかった。その暖かな場所に体を寄せてホッとする。

暖かいなあ…あれっ、ちょっとここどこだったかな?自分のベッドじゃないような。

目が覚めて周りを見てびっくり。

そうだった、昨日はスキー場に泊まったんだった。

そしてジャックが一緒で…

キャーッ、ジャックの顔がすぐ側にあるー!

夢の中で体を寄せた暖かい場所はジャックの腕の中だったんだあ。

ジャックはまだ眠そうに目を擦りながら私の顔を見た。

「おはよ、エリィ。もう少し寝かせてくれないか」

そう言ってまた目を閉じてしまった。

ジャックの腕から抜け出そうとするけどしっかり捕まえられていて動けない。

腕の中で固まっている私を気にすることも無くジャックは眠っている。

しょうがないなあ。

ジャックが起きるまでこうしてるしかないのかなあ。

そう思いながらジャックの寝顔を見ていたらまた瞼が重くなってきた…

ジャックの腕の中って暖かい。ずっとこうしていたい…

 

廊下を歩く人達の声で目を覚ました。いつの間にか寝ちゃったんだ…私。

ふと顔を上げるとジャックと目が合った。

私はまだジャックの腕の中にいた。

慌ててジャックから離れてベッドの端のほうに動いた拍子にそのまま床に転げ落ちてしまった。

ジャックはベッドの上から床に仰向けに転がっている私を見下ろして笑いながら手を伸ばした。

「ほらっ」

その手を掴んで起き上がった私に言った。

「またすごいイビキをかいてたぞ、修学旅行の時みたいに、オマエ」

そうして悪戯っぽく笑って大げさにイビキをかく真似をした。

「私、そんなひどいイビキかかないよ。ジャックのイジワル…」

ムキになって言い返してくるかと思ったのに意外に傷ついて背中を向けた私を見てジャックはベッドから降りてきて、私の肩を優しく両腕で抱きしめて自分の頬を私の頬につけた。

「うそだよ、かわいい寝顔をしてた。いつもその寝顔を見ながら朝を迎えられたらどんなにいいかって思ったよ」

とっても恥ずかしくて言えないことをさらっと言ってのける。

本気なのか冗談なのかわからない時がある。

私が本気にしちゃったらどうするんだろう。

「よかった。そうじゃなかったら私をお嫁さんにしてくれる人なんていないよ」

私はジャックから離れてテレビをつけながら言った。

「俺はエリィがイビキをかいたって構わない。俺の…」

テレビの音に消されて聞き取れなかった残りの言葉。

「家に帰れそうだよ、電車が動いてるって」

テレビの画面には駅に出入りする電車が映し出されていた。

私が帰り仕度をしてるのにまたベッドに横になってテレビを見ているジャック。

「ねえ、ジャックも仕度しないと。みんな心配してるから早く帰らないとね」

ジャックはしぶしぶベッドから這い出てきてバスルームで歯磨きを始めた。

「朝ご飯は駅で買って電車の中で食べればいいからジャックが準備できたら行こうね」

歯磨きが終わったようなので私も歯磨きをしようとバスルームに入った私は思わず手で目を隠した。

そこには服を脱いでシャワーを浴びているジャックが居た。

シャワーカーテンが閉まっていたのでジャック自体は見えなかったけど、カーテンを通して薄いシルエットが見え隠れしていた。

「なんでシャワーなんて浴びてるの?帰るよって言ったじゃない!」

「そんなに急いで帰らなくたって大丈夫だよ。ちゃんと連絡しておけば」

鼻歌交じりに長いシャワーをエンジョイしてるジャックをバスルームに残して私は家に電話をかけて午後には帰ると伝えた。

まったく、着替え無いって言ってたのにどうするんだろう。確か1階のお店に衣料品も売ってたような。

ジャックはまだまだ出てきそうも無いからその間に着替えを買ってきてあげよう。

お財布を持ってロビーに下りると駅までのバスを待つ人でいっぱいだった。

これは少し時間をづらしたほうがいいかもと思いながらお店で着替えを買って部屋に戻った。

部屋に入るとジャックがタオルを腰に巻いたままの格好で私を探していた。

「名前呼んだのに、返事無いから心配になって今シャワーから出たところだったんだ。どこ行ってたんだ?」

「これ、着替え無いって言ってたでしょ。下のお店から買ってきたから気に入らなくても穿いてよね」

私はそう言って下着とTシャツの入った袋を渡した。

いつもお兄ちゃんや翔の下着を見てるから抵抗は無いはずなのに…選ぶ時にちょっと恥ずかしかった。

「マジかよー!」

バスルームからジャックの声が聞こえた。

だから言ったじゃん、チョイス無かったって。

「うちのほうには電話して午後に帰るって言ってあるけど早めに帰ったほうがいいと思う」

着替えを済ませてバスルームから出てきたジャックに言った。

「俺はエリィとの時間を大事にしたかっただけさ。オマエ言っただろ、思い出を分かち合えるってうれしいってさ」

そうだったなあ。私、早く帰ることばっかり考えてたからジャックの気持ち、無視してた。

「じゃあ、これからどうする?仕度はできてるから出発できるけど…」

「ちょっと外を歩かないか?」

私達は荷物をクロークに預けてリゾート内にある庭に出た。

たくさん積もった雪であたり一面真っ白の世界。

朝の光に照らされてキラキラ輝く雪の中を私達は歩いた。

「ジャックの住んでた街もたくさん雪が降るんだよね」

黙って頷いたジャックは優しい目をして周りを見つめている。

故郷のことを思ってるんだろうな。

「私もいつか行ってみたいな、カナダに」

ジャックは振り向いて私の方に真っ直ぐ体を向けて、そして言った。

「エリィ、キスしてもいいか」

突然なにを言い出すかと思ったらキスしてもいいかだなんて。

いつも断りなしにしたりするくせに。

私が黙っていると私の肩に手をのせて顔を近づけて言った。

「いい?」

私はウンと頷いた。

だって駄目って言う理由が見つからなかった。

ジャックは片手を私の首の後ろに添えて、もう片方の手で私の頬に触れた。

そして私の唇の形を指でなぞった後ゆっくりと自分の唇を重ねた。

繊細なガラス細工にでも触れるように…

私はそっと目を開けてすぐそこにあるジャックの瞳を見つめた。

その瞳の中に映る私…

「俺の大事なエリィ…」

 

帰りの電車の中、私達は体を寄せ合って窓から見える雪景色を眺めていた。

なにも話さずただ外を眺めていた。

電車が無事私達の街に着いてそのあと家まで歩いて帰ったけど、その間も2人とも黙ったままだった。

なにも話さなくても繋いだその手からジャックの気持ちが伝わってくるようだったから。

ジャックもそうだったのかなあ。

「あっ、そうそう。これね、おみやげ。ジャックの家族のみんなに」

「おみやげ?俺ぜんぜん気付かなかった。ありがとう、エリィ」

「それじゃまたね。スキーのレッスンありがとう」

そう言って家の前で別れた。

玄関を開けていつものように言った。

「ただいまー」

「あっ、えり帰ったのね。あーよかった。大変だったわね。こっち来て温まったら」

「お姉ちゃんお帰りー。おみやげは?」

「そう言うと思った。ハイどうぞ」

ジャックの家のと同じおみやげを渡した。

「お兄ちゃん、ただいまー。ご心配かけました」

「まず、無事帰ってこれてよかった」

お兄ちゃんはそう言って2階に上がって行ってしまった。

「ねえ。お兄ちゃん、いつもと違くない?」

「えりが心配だったのよ。昨日の夜なんて家の中ウロウロして、しまいには車で迎えに行ったほうがいいんじゃないかなんて」

「ほんと、兄ちゃんキャラ変わるよなあ、お姉ちゃんのことになると」

そんなに心配かけちゃったんだなあ。後でちゃんと謝らないと。

「ほら、ゆっくりお風呂でも入って来なさい。お湯張ってあるから」

「お母さん、ありがとう。2人にも心配かけてごめんね。お言葉に甘えてお風呂に入ってきまーす」

そう言って2階に上がって部屋に入った。

部屋の窓からジャックの部屋の窓が見える。でも部屋にはいない様子。

きっと家族のみんなでおみやげでも食べてるのかなあ。そうだといいんだけど。

ジャック…

部屋のドアが開いてお兄ちゃんが入ってきた。

「えり、聞きたいことがあるんだ。クラスのみんなと一緒だったんだよな。祐美ちゃんも」

ギクッとした。どうしてそんなこと聞くんだろう。

「そうだよ。どうして?」

ウソをつくつもりは無かったのに思わず口から出てしまった。

「そうか、わかった」

お兄ちゃんは悲しそうな顔をして私の部屋から出て行った。

なんか変、いつもはちゃんとノックして確認してから入ってくるのに今日はそんなこと忘れてしまったよう。

バレてる訳は無いと思うんだけど…

ベッドに横になって考えている時に携帯が鳴った。祐美からだ。

「祐美、どうしてた?今帰ったところ。あー疲れた!でもおかげで楽しかったよ」

「えり、携帯にメール送ったんだよ。見てないの?」

「えっ、気付かなかった」

電話の向こうで息を呑む祐美。

「えりのお兄ちゃん、なにも言ってなかった?」

「うん、なにも。でもちょっと様子が変だったの。みんなと一緒だったんだよなって。祐美とも」

「…えり、ごめん。今朝コンビ二でえりのお兄ちゃんとばったり会っちゃったの。なにも言わず逃げるように帰ってきたんだけど、えりのお兄ちゃん、すごく驚いた顔してた。だからそのことをメールしたんだけど駄目だったか。ごめん。お兄ちゃん知ってるよ。私が一緒じゃなかったこと」

そうだったんだ、お兄ちゃん知ってたんだ。だから…

祐美との電話を切った後、私はベッドに座ったまま動けないでいた。

お兄ちゃんにちゃんと説明しないと。

私はお兄ちゃんの部屋のドアをノックして言った。

「お兄ちゃん、えり。入ってもいいかなあ」

「悪いけど後にしてくれないか」

今まで聞いたことのないような悲しそうな声でお兄ちゃんは言った。

「お兄ちゃん、入るよ」

そう言って私はドアを開けた。

ベッドにうつ伏せになって顔を枕に埋めているお兄ちゃん。

「お兄ちゃん、えりのせいなんだよね。私がウソついたから。でもちゃんと説明させて、お願い」

顔を上げたお兄ちゃんの目に涙のあとが。

お兄ちゃんは目を擦りながらベッドの端に腰をかけた。

「昨日ね、スキー場に着いたら誰もいなかったの。変だなって思って祐美に電話して確認したら予定が変更になってたの。私、ぜんぜん知らなかった。でもせっかく来たんだからジャックとスキーを楽しもうって。そしたら雪がたくさん降ってきて…そして電車が止まってしまって…無理して雪道を駅まで行くよりスキー場のリゾートに泊まったほうがいいって…それで、それで…」

私は胸から飛び出してくる言葉のせいでうまく息ができず、胸を押さえてうずくまった。

苦しくて、苦しくて涙が出てきた。

「もういい。もういいんだ、えり」

そう言ってお兄ちゃんは私を抱き起こしてベッドに座らせた。

ベッドに座っても私の肺はゼーゼーと音を立てた。

お兄ちゃんの胸に顔を埋めてお兄ちゃんの胸の鼓動を聞いているうちに私の肺はもとに戻っていった。

「大丈夫か、えり…」

心配そうにお兄ちゃんが私の顔を覗き込む。

「うん。お兄ちゃん、ウソついてごめんなさい。でもジャックとは…」

「もういい、なにも言わなくていい」

私を抱きしめながら髪を優しく撫でるお兄ちゃんの腕の中で子供の頃のようにお兄ちゃんの肌のぬくもりを愛おしく感じていた。