Love story Chapter two-13

Chapter two -13

  

先日降った雪もほとんど溶けて校庭の土が見えてきた。

授業中ふと窓から外を眺めていたら、体育の授業中のジェイムズを発見。

長身にあの引き締まった体は同じ歳の日本の高校生の中で目立ってる。

基本的に骨格が違うから仕方ないんだけどね…

それに性格もいいから3年生の先輩の中にはジェイムズ目当てに同じ大学を受験する人もいるくらい。

祐美は卒業式の日に気持ちを伝えるって言ってた。

私も祐美みたいに勇気があったらな。

私と祐美は仲直りをしていた。

"人目惚れだったんだよね、ジェイムズに。えりのうちに遊びに行った時に初めて近くでジェイムズを見て。でもえりとジェイムズもいろいろあったんだよね。地震の時とかさ。気持ち近くなるのわかるよ"

祐美はそう言って悲しそうに笑った…

ジェイムズと同じ時間を過ごした、ひとつひとつが大切な思い出。

確かにいろいろあった…私達…

ジェイムズの気持ち…苦しそうに私を見つめる瞳。

ジャックとスキーから帰って来た時も同じ瞳をして私を見た。

"今だけは僕のそばに…"

それだけ搾り出すように言ったあの夜。

あなたは私になにを求めているの?でも私はどうなんだろう。

私はジェイムズになにを求めてるのだろう。

「ジェイムズ…」

無意識に口からジェイムズの名前がこぼれてしまった。

ハッとして隣のジャックの様子を窺う。

もしかして聞かれてしまったかも。

でもジャックは前を見て授業に集中してる様子。

あーよかった。ホッ。ジャックに聞かれてたらジェイムズに何かいいそうだもん。

 

午後の体育の授業の後、器械運動で使った道具を片付けていた。

いつ来ても体育館の倉庫ってカビ臭いなーと思っていたら後ろで戸が閉まる音がしてびっくりして振り返った。

ジャックが立っていた。

ジャックは思いつめた顔をして私の肩を掴んで揺さぶった。

「なんでジェイムズなんだ」

えっ?

「なんのこと?ジェイムズって」

私はジャックの言ってることが理解できなくて緊張して声が上ずった。

ジャックは答えずにただ繰り返すだけ。

「なんでジェイムズなんだ」

私は恐くなって逃げ出そうとしてジャックと揉み合いになった。

そのはずみで器具に足が引っかかって平均台に頭から倒れてしまった。

‘‘ごつっ’’

鈍い音がしたと思ったらそのまま意識が薄れていくのがわかった。

その中でジャックの声を聞いたような気がした。

「どうしてなんだよ」

 

 

気がつくと私は医務室で寝ていた。

「エリ、気がついたね。大丈夫?」

ベッドの横の椅子に座っているジェイムズが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「ジェイムズ、どうしてここに?」

なんだかよくわからないなー。まだ頭が回ってない。

「ジェイムズ君が医務室まで運んでくれたのよ、よかったわ。ただの脳震盪で。本当に心配させてもう」

と医務室の先生。

「あなたのお兄さんもここで様子を見てたんだけどさっき出て行ったわね。どこに行ったのかしら。あなたと一緒に帰ってもらいたいから、念のため」

「僕がエリさんと一緒に帰ります。家が隣同士ですから」

「そうしてもらえると安心できるわ、でももう少し休んでからね。私はエリさんの担任の先生に報告してくるから」

先生はそう言うと医務室を後にした。

私はジェイムズと2人きりになった。気になることがあったけど先生がいたので聞きそびれていた。

「ジェイムズ、私…」

「ジャックと一緒だったんだよね。なにがあったの?」

ジェイムズは今まで見たことのないような恐い顔をして聞いた。

私はその顔を見て本当のことが言い出せなかった。なんか大変なことになりそうで。

「私達ただ道具を片付けていて、私、おっちょこちょいで転んでしまったみたい…」

私は思い付きで説明した。

でもジェイムズには見抜かれていたみたいで大きな溜息をして彼は言った。

「エリは優しいね。あいつは本当はいい奴なんだよ。ただ誤解されやすいんだ。でも今回はエリに怪我をさせるようなことをしてしまった」

ジェイムズはすごく苦しそうな顔をしている。ジェイムズのこんな顔見たくないよー。

「大丈夫、ただの脳震盪。ジャックは関係無いんだから、ジェイムズもそんな顔しないで、私すごく悲しくなる。ジェイムズのそんな顔見てると」

私はそう言ってジェイムズをハグした。

ジェイムズは私の額に優しくキスをするといつもの笑顔に戻って言った。

「僕はエリを悲しませたりしないよ」

ジェイムズと2人で医務室を後にした。

ぶつけたところがコブになったけど頭はもう痛くなかった。

ジェイムズは私を支えて歩いてくれる。

こんなにくっついたらジェイムズのファンクラブの先輩に嫉妬されちゃう。

そのほうが打った頭のことより心配。

そこにお兄ちゃんが私のカバンを持って現れた。

「えり、荷物持ってきた。帰れるか?」

お兄ちゃんは怖い顔をしている。ジェイムズもお兄ちゃんもなにを怒ってるのかしら。

ジャックのことなんだろうか。

私はジャックがどうしてるか気になったけど2人には聞ける状況では無かった。

家まで来た時にジャックが塀の陰に立っているのが見えた。

私はジャックが心配だったので声をかけようとジャックに近づこうとしたのにお兄ちゃんに止められた。

お兄ちゃんが怖い声でジャックに言った。

「おまえ、まだなんの用があるんだ。えりにした事わかってるのか!」

ジャックはただ私に謝りたいと言った。

「ジャック、今は無理だ。もう少し周りの人間の気持ちを考えろ」

ジェイムズは有無を言わさずジャックの腕を掴んで家に連れて行こうとした。

ジャックはその手を振りほどき私を抱きしめて言った。

「エリィにこんなコトするつもりじゃなかった。エリィが好きだから…俺はジェイムズに嫉妬して…」

「なに言ってるんだ、おまえは。殴られたいのか馬鹿野郎!」

いつも冷静なお兄ちゃんがジャックに殴りかかった。

ジャックは抵抗せずお兄ちゃんに殴られている。

「お兄ちゃん、止めてよー。ジャックのせいじゃないって。ジャックは悪くないんだから」

私はそう言って2人の間に入った。

「なに言ってんだ。こいつがおまえに怪我をさせたんだぞ。それも体育館の倉庫で。なに考えてるんだ」

お兄ちゃんはまたジャックに飛びかかって殴り始めた。

ジャックはそれを黙って受け入れている。

「ジェイムズ、お兄ちゃんを止めてよ。ジャックを殴ったりしないで」

私はジェイムズの腕を掴んで揺さぶった。

でもジェイムズはただジャックがお兄ちゃんに殴られているのを悲しそうな目をして見つめるだけだった。

「お兄ちゃんの馬鹿、お兄ちゃんなんて嫌い!!ジャックが大事なの。殴ったりしないで」

私はお兄ちゃんの背中を思いっきり叩いてそう叫んでいた。

呆然とするお兄ちゃんの後ろで悲しそうな瞳で私を見つめるジェイムズ。

「わかってる。俺なんてエリィを好きになる資格なんてない。誰にも愛される資格のない人間なんだよ」

そう言ってジャックが走り出した。

待って!  

ジャック、行かないで!

私は無意識のうちにジャックの後を追った。

ごめんなさい、お兄ちゃん。ジェイムズ。

でも私、やっと気付いた。

私はジャックが好き。好きでしょうがないの。

ジャックが私を好きだって言ってくれた。

ずっと待っていたその言葉。

私はジャックを見失わないように走った。

息が切れそうになっても。

 

私はジャックが愛おしいと思った。

私の腕の中で子供のように大粒の涙をこぼしながら泣いているジャック。

私の胸に顔を埋めて熱い塊になって泣いているジャックを本当に愛おしいと思った。

走って、走ってジャックは私の大好きな河川公園で止まった。

息をするのを忘れるくらい走ったせいで私もジャックも土手に座り込んだ。

私は声が出ずただジャックの背中に顔を寄せていた。

背中からジャックの鼓動を感じながら。

そうやってどれくらいたったのかなあ。

ジャックが話し始めた。

まるで独り言のように。

ジャックには秘密があった。

ジャックは産まれたばっかりの赤ちゃんの時に病院の手違いで別の両親に渡されてしまった。

誰も気付かないまま大きくなったある日、ジャックは知ってしまった。

本当の両親が他にいることを。

今の両親は本当の子供のようにジャックを育ててきた。

でもDNAの繋がりの無いことがずっとジャックの心を苦しめてきた。

ある日、ジャックは産みの親の所を訪ねて行った。

でも会ってもらえなかった。

そのことがジャックのガラスのような心を粉々に砕いてしまった。

そして今になって産みの親が会いたいと言ってきた。

ジャックの頭も心も混乱した。

私はそのことをジャックから聞いてどうしてジャックの瞳が悲しみでいっぱいなのか理解できた。

そして思い出した。

あの秋の夜、ジャックがベランダで泣いていたことを。

次の日、学校帰りに訳を聞いたことを。

知らなかったとは言え、どれくらいジャックを傷つけてしまったのか。

そっとしておいてあげればよかったのに。

私の大馬鹿者。私は本当に申し訳なくて泣いてしまった。

「ごめんね、私って思いやり無かった。ジャック、ごめんね」

ジャックは全てをさらけ出して私にすがって泣いた。

今まで粉々になったガラスの心をかかえながら生きてきたジャックが私を受け入れてくれた。

私はジャックの顔にキスの雨を降らせた。

ジャックの額、神秘的な茶色の瞳、すっと筋の通った鼻、頬、そして唇。

それに答えようとするジャックの唇を優しく私の唇で包み込む。

私の体の奥でなにかが目覚めた。

熱くて、苦しくて、どうしたらいいかわからない感情。

私達はそのまま草むらに倒れ込んだ。

もう押さえる必要の無い感情や欲望が私とジャックを支配する。

私達は熱い塊となってお互いを求め合った。

それはずっと前からそうすべきだったように。

私の体の骨が軋みそうなくらい強く抱きしめてジャックは言った。

「エリィ、ずっと好きだった。やっと言えたよ。でもこんな俺でいいのか」

涙をためた瞳でジャックが私を見つめる。

「うん。前にジャック言ったよね。ナイトでも王子様でも無くて俺は俺だって。私はそのジャックがいいの」

「エリィ、俺はオマエを誰にも渡さない。I'm yours, you are mine…どこかへ2人で行こう、そしてそこで…」

 

私達は家に帰るまでの間、体を少しも離すことなく歩いた。

そうしてる時、私はベターハーフの話を思い出した。

産まれてくる前は一つの円だった、男と女。

それがこの世に生を受けた時に半分になってそれぞれ別々の所に産まれてくる。

そして年月をかけてまた一つの円に戻るためにお互いを探す旅をする。

私とジャックもきっと産まれてくる前は一つの円だった。

それが別々になって、それも日本とカナダ。

ずっと旅をしてきて私達はやっと巡り合えた。

こうしてジャックといるとそう感じる。

 

家の前で立ち尽くしている私達。

お隣同士の距離でも離れたくない。ずっと一緒にいたい。

でも今は我慢しなくちゃ。その日が来るまでは。

お互い体を離そうとするけどできない。

体中の細胞が溶けてひとつになってしまったように。

玄関が開いて私とジャックの家族が心配そうに見つめる。

行かなくちゃ。

胸が張り裂けそうになりながらやっと私達の体は別々になった。

そしてジャックと別れて家の中に入った。

「ごめんなさい。でも今はそっとしておいて欲しいの」

心配そうになにか言おうとした家族に悪いと思いながらそう言って、2階の自分の部屋に駆け込んだ。

そしてそのままベッドに倒れ込んでジャックの言葉を思い出していた。

「どこかへ2人で行こう。そしてそこで…」

目を閉じて名前をつぶやいた。ジャック…

名前を口にしただけで体の奥から激しいものがこみ上げてくる。

体が熱くて熱くてどうしようもない。

ジャック、今なにを思っているの。

私はあなたのことしか頭に無いくらい恋してる。

河原で抱き合っていた時にジャックが言った。

私にだけいつも冷たかったわけを。

初めて逢った時からどうしても気になってしょうが無かったって。

それを隠そうとすればするほど冷たくあたってしまったこと。

"俺達が引越して来た日の夜のこと、覚えてるか?窓越しにオマエは俺に挨拶してくれたよな。本当はすごくうれしかったんだ。俺とオマエの部屋が窓越しに隣同士だってことに。だけど俺は挨拶もしないでカーテンを閉めたりしてさ"

ジャックはちゃんと覚えていた、あの夜のことを。

私、嫌われてるとばっかり思ったからジャックのことアイツなんて呼んでた。

でも、私もジャックをアイツなんて呼びながらもジャックのことが気になってしょうがなかった。

きっと私もあの日、初めて逢った時からジャックに恋していたのかもしれない。

 

次の日、私は朝早く起きてお兄ちゃんの部屋に手紙を入れた。

"ごめんなさい。お兄ちゃんなんか嫌いだなんて言って"

そして外に出た。もしかしたらジェイムズに会えるかと思って。

今日はなんだか走りたい気分、そう思って私は走り出した。

少しすると後ろから誰かが近づいてくる。

そしてポンと肩を叩いてジェイムズがいつもの笑顔で立っていた。

「ジェイムズ、私。昨日は…」

「気にしないで。それよりジャックのこと、頼むよエリ。アイツは僕の大切な弟なんだ」

ジェイムズ、いいお兄ちゃん。

血は繋がってなくたって兄弟なんだから。

こんな優しいジェイムズを私が苦しめてしまったの?

「じゃあ、ちょっと先に行くね。今日は思いっきり走りたい気分なんだ」

私は頷いてジェイムズが走り去って行くのを見つめた。

また前のようにジョギングできる日が来るのかなあ…

 

学校では私とジャックのことが噂になっていた。

昨日の体育館の倉庫のこともあったけど、それよりジャックが私の手を家から繋いだまま、学校に着いても離そうとしなくて。

祐美はそんな私達を見て、やっぱり言った通りって顔をした。

ジャックのファンクラブの女の子達は当分私と口をきいてくれないだろうな。

自称、ジャックのファンクラブ会長の真由美が私の席に寄ってきた。

「そんな気がしてたんだ。だってえりとジャック、喧嘩しながらでも仲良かったし。

お互い、気が無いって顔しててもちゃんと目が相手を追いかけてた。いつまでも2人仲良くね。じゃなかったら許さないから」

そう言うと他のファンクラブの女の子達の所に戻って行った。

「あの子達もちゃんと見てたんだね」

祐美が言った。