Love story Chapter four-9
Chapter four -9
えりはジャックのことを忘れようと、毎日健気にがんばった。
そして蒼と出遭った。
俺はもう2度とえりが傷つくのを見たくなかった。
でも蒼と出逢ったことで日に日にえりが自分を取り戻していくのを見て、これでいいんだと自分に言い聞かせた。
それなのに、それなのに蒼があんなことになってしまって…
ジャックのことで傷ついていたえりの心にはあまりにも酷すぎた。
えりの腕の中で息絶えた蒼。
えりはあの日からただ息をする人形のように生きている。
話すことも無く、なんの感情も示さず、ただ遠くを見つめるだけの人形になってしまった。
俺達はえりをなんとか元に戻そうといろいろ試したが、えりはその心を体の奥深くにしまいこんでしまった。
親友だった祐美ちゃんや姉のように慕っていた佐々木先生が会いに来てくれても、えりはなんの反応も示さなかった。
そんな時、偶然俺が呟いたジャックの名前を聞いたえりがちょっとだけど反応したように見えた。
もしかしたら、ジャックだったらえりを救えるかもしれない…
俺はそう思ってジェイムズに連絡をした。
ジェイムズは電話口で隠すこと無く泣いた。
そしてジャックに話してみると言った。
数日後、ジェイムズからジャックが日本に向かったと連絡があった。
俺はジェイムズに礼を言って、またなにかあったら連絡することを約束した。
成田にジャックを迎えに行く。
えりのために来てくれたことはわかっているが、どうしてもジャックを許すことができなかった。
俺はジャックに言ったんだ、俺達の卒業式の後。
えりを大事にしろって、泣かすなって。
それなのにオマエは…
空港から家までなにも話すことなく時間が流れた。
家に着いてジャックは黙って母に頭を下げるとえりのいる2階に上がっていった。
俺はジャックに言った。
「今のえりはオマエの知ってるえりじゃない」
ジャックはわかったと頷いて部屋のドアを開けた。
えりはいつものようにロッキングチェアーに座って遠くを見つめていた。
ジャックはそのえりの前にひざまずいてえりの手を取った。
えりの顔を見れないのか下を向いたままだった。
そしてえりの手にキスをすると泣き出した。
俺は見ていられなくて部屋から出た。
少し経ってジャックが部屋から出てきた。
そして目を真っ赤にして、搾り出すような声でホテルに連れて行ってくれと言った。
俺はジャックを予約してあるホテルに連れて行った。
母親はうちに泊まってもらったほうが良いのではと言ったが、俺はどうしてもえりと同じ屋根の下にアイツを泊めることを許せなかった。
明日迎えに来ると言った俺に、ジャックは礼を言ってエレベーターに乗って行った。
次の日ジャックはえりの部屋に入るとえりに向かって言った。
「エリィ、今日はちょっと外に出てみようか」
ジャックはそう言ってえりを抱きかかえて部屋を出た。
車にえりを乗せ、その隣にジャックは座った。
「リョウ、河川公園まで連れて行ってもらえないか」
俺は一瞬躊躇した。
そこは蒼が息を引き取った場所だったからだった。
でも今はジャックを信じるしかない。
えりを救えるのはジャックしかいない、そう思えるから。
心配そうに見送る母と翔を残して、俺は車を河川公園に向け走らせた。
河原に着きジャックはえりを土手まで抱えてそこに座らせた。
そしてジャックはえりに話しかけた。
「よくここでエリィと話をしたよな。エリィは大事な場所だって言ってた。俺にとっても大事な思い出の場所になった。エリィ、俺はおまえを大事にするって約束した。それなのにおまえをこんな風にしてしまって。許してもらおうなんて思ってない。ただこれだけは伝えたかった。俺は、俺はエリィをエミリーの代わりなんかにしたんじゃない。俺はエリィを愛していた。少しおっちょこちょいで、時には挙動不審なこともするけど、なにごとにも真っ直ぐなおまえを。エリィに会えて俺はまた、生きてるって感じることができたんだ。もしエリィに会っていなかったら俺は今でも過去にこだわって自分を自分で縛り付けていただろう。エリィは俺を自由にしてくれたんだ。エリィが他の誰を好きでも、俺を憎んでいても構わない。だからエリィ、戻ってきてくれ…」
ジャックがえりの頬に手を添えて見つめている。泣いているようだった。
えりもそのジャックの顔を見つめているかのように見えた。
「エリィ、心から愛してる。戻ってきてくれ」
そう言ってジャックがえりの唇に震える自分の唇を合わせて抱きしめた。
……
まさか
俺にはえりの手の指がかすかに動いたように見えた。
ジャックもえりの指を見つめている。
そしてジャックの頬にえりが手を添えた。
ジャックは驚いてえりの顔を見つめる。
「ジャック…」
えりの声を聞いた。
えりは長い眠りから目を覚ましたように、自分が今どこにいるのかわからない様子で周りを見渡した。
そして蒼が亡くなった場所に置かれた花束に目が止まった。
それまでうつろな目をしていたえりが、ハッとして正気にもどったような感じがした。
その瞬間、えりが取り乱して走り出しそうになったのをジャックが腕を掴んで抱きしめた。
えりは蒼の名前を呼び続ける。
俺はえりに駆け寄って言った。
「えり…蒼はもういないんだよ。もうここには」
「お兄ちゃん、蒼…死んじゃったんだよ…私の腕の中で…」
そう言ってえりは俺の腕の中に飛び込んできた。
「お兄ちゃん!」