Love story Afterwards-2(James)

Afterwards -2 (James)

 

エリはどうやってカナダまで来れたかと思うくらい憔悴し切っていた。

でも気丈に皆の前では涙も見せず、俺や弟、両親を気遣っていた。

葬式が終わって、両親の家で式に参列してくれた人達とジャックを偲ぶ。

早すぎたジャックの旅立ちに、誰もがショックを隠せなかった。

それでもジャックが子供の頃にしたイタズラの数々が話題になると、皆思わず苦笑した。

その中で部屋の隅に佇むエリ。

知らない人間に囲まれて少し緊張してる…でも…独りでここまで来て葬式に参列するなんて、君はそんなにもジャックを愛していたんだね。

1人、また1人…

参列してくれた親戚や親しい友人、知人達は、言葉少なく両親を抱擁して去って行った。

そして皆が帰ってエリと俺の家族だけになった。

後片付けが終わり家の中はまた静まりかえって、時計の針が動く音だけが響いている。

外が暗くなってきた…また長い夜の始まり…

エリは今晩ここに泊まることになった。

ホテルに泊まるというエリに、両親が今日1日はジャックと一緒にいてやって欲しいと…

「私がいたら皆さんに気を使わせてしまうようで…いいのかな…」

エリは遠慮して俺に言う。

「エリには辛いことをお願いすることになるけど、そうしてやってもらえないだろうか」

「ジャックのお父さんとお母さんのためだったら…私、泊めてもらいます。よろしくお願いします」

エリは両親に頭を下げる。

「もしよかったらジャックの部屋を見せてもらってもいいですか?」

エリは遠慮気味に言った。

ジャックの部屋はジャックが日本に発ったあの日のままになっていた。

俺はエリを2階のジャックの部屋に案内した。

この部屋には、遺体確認のためのDNA鑑定に必要なジャックの身の回りの物を探すために入ったきりだった。

ドアノブにかかったまま動かない俺の手にエリがそっと自分の手を添え、ゆっくりドアノブを回す。

ドアが開き、そこにはあの日から時間が止まったままのジャックの部屋があった。

エリはゆっくりと部屋の中を見渡した。

そしてベッドの上に脱いだままになっているジャックのスウェットとTシャツを手に取り顔をうずめた。

「ジャックの匂いがする…

母親がどうしても洗濯する気になれずそのままになっていた。

「ジェイムズ、ちょっと独りにしてもらっていいかな。ごねんなさい…」

黙って頷いてエリを残して部屋を出た。

ドアを背にどれくらい立っていたのだろうか、心配になってノックする。

ドアを開けたエリの目は赤く充血していた。

           

ジャックの部屋の窓からは外の照明に照らされる雪明りが見える。

エリは窓の傍によって外を眺めて言った。

「ねぇ、ジェイムズ。ジャックが私に言ったの。生まれ育った町を私に見せたいって。

でもこういうかたちでジャックの故郷を訪れることになるなんて…

エリはそう言って言葉を詰まらせた。

肩を震わせながら、それでも一生懸命泣くまいとするエリがいじらしく愛しくてたまらなかった。

初めて逢った時からこの気持ちを抑えてきた。

弟のジャックを慕う彼女の気持ちをかわっていたから…

そして弟のジャックの気持ちも…

彼女の心はジャックを思う気持ちでいっぱいで俺の入る隙間なんてなかった。

そばで彼女の笑顔を見れれば十分だった…

でも…もしエリの相手が弟のジャックじゃ無かったら、俺はエリを誰にも渡さなかっただろう。

何度、このままエリを連れ去ってしまいたいと思っただろうか…

目の前で肩を震わせて悲しみに耐えるエリを俺は抱きしめた。

抑えていた涙がエリの瞳から溢れ出す。

そして俺にすがって泣き出した。

今まで堪えていたものを全て出し切るかのように。

愛しいエリ…エリの髪の匂い、抱きしめている腕から伝わるエリの体のぬくもり…

狂おしいほどに俺の胸を締め付ける。

この苦しさを知らずに済んだらどんなに楽だったのか…

そう思ってもエリを離すことができなかった。

ジャックが逝ってしまって、俺も立ち直れないくらい傷ついて…

俺のほうがエリを必要としていたのかもしれない…

どれくらい抱き合っていたのだろうか…。エリが俺から体を離して言った。

「ごめんね、泣いたりしちゃって。辛いのは私だけじゃないのに。ジェイムズだってこんなに痩せちゃってハンサムが台無しだよ」

無理に笑顔を作って健気に俺を励まそうとする。

俺は必死に泣くまいと窓の外の景色を見つめた。

「雪明りがとても綺麗…私、ジャックのお葬式に来るのがすごく辛かったけど来てよかった。ありがとう、ジェイムズ。あたはいつも私が辛い時にそばにいて励ましてくれる」

そう言って俺の頬にキスをしてエリは部屋を出て行こうとした。

そしてなにかを思い出したように立ち止まって呟いた。

「ジャックがね、成田空港から発つ前に言ったの。私がカナダに来たらサプライズがあるんだって。その時は教えてくれなかったの。なんだったのかなぁ…

 

エリと別れて俺は自分の部屋で考えていた。

サプライズ…

そうだ!あの指輪…

ジャックはエリにプロポーズするはずだった。

Oh.Shit!

あの店になんの連絡もしてなかった。

もうショーウインドーに戻されて売れてしまったかもしれない。

俺は急いでジャケットと車のキーを掴んで家を出た。

間に合ってくれ…飛ばして店へ急いだが途中で車を止めた。

俺はなにをしてるんだ。

ジャックがいない今、指輪をエリに渡してどうする。

ジャックが生きていたら、君にプローポーズするのがサプライズだったとでも言うのか。

そんなことをしたらエリをもっと傷つけることになる。

でも…あの指輪はジャックの想い全てだ。

それを彼女に伝えないでしまうのは…。

あの時、あんなに思いつめて指輪を選んだジャック。

指輪を見つめるジャックの顔が浮かぶ…

渡さなければ…アイツの気持ちを伝えなければ…

俺は車をスタートさせた。

閉店間際で店員はショーケースの宝石をしまう準備をしていた。

俺の姿を見て一瞬怪訝そうにしたが声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。もうそろそろ閉店なのでバタバタしてますが。なにかお探しですか?」

いかにも迷惑そうに対応する店員に、ダイヤの指輪について聞いてみた。

「ちょっとわからないですねぇ。そのような感じのものをお見せはできますが、それが同じものかどうかは」

店員はそう言ってショーケースの中を覗き込む。

そこに俺達の会話を聞いていた、あの時の店員が奥から出てきた。

「あっ、あの時の。弟さんの指輪ですよね。連絡が無かったから駄目だったのかなぁと思って…

「あの時の指輪、まだありますか?」

俺はあってくれ、心の中で祈った。

少し経って不思議そうな顔をした店員が戻ってきた。

「ありました。これですよね」

店員が見せてくれたのは確かにあの指輪だった。

「不思議だわ。連絡が無かったので元のところに戻したはずが、あんなショーケースの端に隠れるようにおいてあって。でもよかった、間違いなくこれですよ。ナンバーもあってるし。これで弟さんも彼女にプローポーズできるわね。弟さんにがんばってねって伝えてね」

無邪気にそう言う店員に、ジャックのことを話す必要も無いだろう…

支払いを済ませ礼を言って店を出た。

俺の手の中にジャックのエリへの想いが…

これをエリに渡さなければ…、しかしどうやって。

すっかり暗くなった雪道を急いで家に向かう。

もうすぐで着く、そう思ったその時、なにかが道を横切った。

ムースだ!

急ブレーキをかけたため雪でスリップして、車は道路横に積もった雪の中に突っ込んだ。

「ふーっ、助かった」

雪がクッションになって怪我はなかったが、車はしっかり雪に埋もれてしまったようだ。

携帯を取り出してジョシュアにかける。

切れ切れでなんとか繋がった。

手短に事故のことを説明して迎えに来てくれるように頼む。

その際、両親やエリにはくれぐれも気付かれないようにと付け加えた。

しばらくしてジョシュアが母親の車でやってきた。

あれだけ気付かれるなと言ったのに助手席に人影が…

そしてその人影は俺の姿を見つけると車から飛び出してきた。

「もう、ジェイムズのバカ」

エリだった…

俺はジョシュアを睨みつけて咄嗟に指輪の入った箱をジャケットのポケットにしまった。

「ジェイムズになにかあったら…

言葉にならずエリは俺の胸を叩く。

「大丈夫?どこもけがしてないの?ちゃんと病院で診てもらったほうがいいよ」

「大丈夫だよ。雪がクッションになったから」

俺はエリを抱きしめて安心させるように言った。

「本当にどこも痛くないし、血も出てないから」

エリは少し落ち着いたようだったがそれでも俺の体をチェックしている。

「両親にはなんて言ってきたんだ?」

「うーん。バレた。家で心配して待ってる。だけどなんでまたこんな時間にどこに行ってたんだよ」

「ちょっと街に用事があったんだ」

自分の車とジョシュアが乗ってきた車をワイヤーで繋ぎながら言った。

「まったくさぁ、まともにあたらなくてよかったよ。ムースなんかに」

ジョシュアは横に立って見ているエリの肩を抱いて言った。

「ムースってヘラジカのことでしょ。そんなのが道を横切ったの?」

エリは恐々周りを見渡している。

「このあたり、ちょっと街から離れてるから野生動物がよく出てくるんだよ。共存してるって言ったほうが正しいかもしれない。エリ、車を動かすからジョシュアの車に乗ってくれないか」

ジョシュアが乗ってきた母親の車を使って自分の車を雪の中から引っ張り出しエンジンをかけてみる。

奇跡的にも車は動いた。

念のためエリを弟のほうに乗せ、2台で慎重に雪道を家まで走る。

運転しながら親への言い訳を考えていた。

こんな夜に出かけてしまった…それで皆に心配をかけてる…

でも…そうせずにはいられなかったんだよ…

両親は玄関で心配そうに待っていた。

ジャックの葬式の後だけに母親は俺の顔を見て泣き出した。

「ごめん、心配かけてしまって。気をつけるから」

父親が母親を寝室に連れて行く。

明日、ちゃんと説明をしなければ…

 

あー、なんて1日だったんだ。

お互い部屋に戻って家の中は静まりかえった。

隣のジャックの部屋にはエリがいる。

エリはジャックの部屋で眠りたいと言った。

あの部屋にいるとジャックを感じられると…

ジャックのベッドに眠るエリの姿を思うと胸が張り裂けそうになる。

なにを考えてるんだ、弟の大事なエリだ。

上着のポケットに手を入れて箱を握りしめた。