Love story Afterwards-3(James)

Afterwards -3 (James)

 

眠れないまま朝を迎えた。

窓からは雪が積もって白一色の景色が見える。

そしてその中を歩くエリの姿が…。

シャワーを浴び1階に下りて庭に出る。

エリは立ち止まって空を見上げていた。

「エリ、おはよう。眠れたかい?」

眠れたわけはないだろうけど、それしか言葉が出てこなかった。

「今日、町を案内したいと思うんだけど、エリの都合はどうかな」

「ありがとう、ジェイムズ。お願いします。行ってみたかったんだけど、独りで行く勇気が無くて」

本当に指輪を渡していいのだろうか…。

うれしそうに微笑むエリの姿を見て心が揺れた。

もうエリの悲しむ顔は見たくないんだ…。

でも…ジャックのエリへの想い…。

君は受け止めてくれるだろうか…。

そう信じたい…。

ジャック、これでいいんだよな…。

心の中で呟いた。

 

車を走らせ生前のジャックの思い出をたどる。

一緒に通った学校や毎日遊んだ公園…全てが変わらず以前のままだ。

ただひとつ…ジャックがもうここに居ないことを除いては。

エリは公園を見たいと言って車を降りた。

そしてあたりを見回して"ここは…"と呟いた後、そうだったのかという顔をして空を見上げて言った。

「ジャックの公園だったのね」

公園の隅々までゆっくり歩いているエリの後姿を見ながら、ポケットに入っている指輪の箱を取り出した。

大きな木の下で、なにかを思い出しているかのように立ち止まっているエリの後ろに俺は立って言った。

「思い出があるんだね、ジャックとの」

「うん、ジャックと初めてキスをした公園と似てるの。悲しいこともあったけど、でも今ここに来て心がとても安まる気がする…」

そう言うとエリは目を閉じた。

俺はそのエリを自分の方に向かせて彼女の手を取った。

「エリ、今から言うことはエリにとって辛いことかもしれない。でもジャックの君への想い全てなんだ。聞いて欲しい」

搾り出した俺の声にエリは頷いた。

「ジャックは日本に発つ前に、俺に頼みがあると言ってきたんだよ。頼みごとなんてしたことないアイツだったから俺も緊張したよ…なにを言ってくるかと思って。アイツの頼みは…

俺はエリの手に指輪の入った箱を乗せて彼女の瞳を見つめて言った。

「アイツの君への想い全てがこの箱に入ってる。受け取って欲しいんだ」

エリは箱を握り締め、俺の目をじっと見つめる。

そして箱にかっかっていたリボンを外してそっと開けた。

エリが息を呑んで箱の中を見つめる。

その瞳からポロポロと涙がこぼれ、箱の中の指輪にあたってはじけた。

「ジャックが選んだんだよ。その指輪はエリみたいだって」

「でも…これってただの指輪じゃない。ジャックは…」

「ジャックはここでエリにプロポーズするつもりだった。ジャックが言ったんだ。エリが許してくれたら2度と離しはしないと。アイツは真っ直ぐな奴だったからそれが結婚ということに結びついたんだろう。許してもらえるかどうかわからないけど日本に発つ前に選んでおきたいと必死に言っていた。まるで自分に時間が残されていないことを知っていたかのように…」

エリは指が白くなるまで強く箱を握り締めながら、俺の話を聞いている。

俺は彼女の心が読めなくて不安になっていた。

エリは指輪の入った箱を俺の手に乗せて目を真っ直ぐ見て言った。

俺は彼女からの拒絶の言葉を覚悟した。

「ジェイムズ、貴方には辛い思いをさせてたのね。ごめんなさい。お願いがあるの。この指輪を私の指にはめて欲しいの。自分でするのはあまりにも悲しすぎるから…。一緒に選んでくれた貴方だったらジャックもうれしいと思うの。お願い、ジェイムズ」

そう言ってエリは左手を俺に差し出した。

俺は箱から指輪を取り出して、エリのその小さい左手の薬指にゆっくり通した。

ジャックからのエンゲージリングが輝く左手を胸に抱き、うれしそうに微笑むエリの姿を見て俺の心は激しく揺さぶられた。

エリがジャックの想いを受け止めてくれたことに対しての安堵の気持ちと、その反対に自分のエリへの想いとの葛藤…。

今まで抑えてこれたんだ、これからだって。

この気持ちが報われることは無いし、あってはいけないことだってことはわかってる。

でも…そう思えば思うほどエリへの自分の想いが抑えきれず、今にもエリに告白してしまいそうだ。

きっと俺は苦しそうな顔をしていたんだろう。

エリが心配そうに俺の顔を覗き込んで言った。

「ジェイムズ、ジャックの気持ちをありがとう。本当だったらジェイムズが私の義理のお兄ちゃんになるんだったのね。でも私にとって貴方は前からいつも傍にいて優しく見守ってくれるお兄ちゃんだったわ」

エリは俺に抱きついてうれしそうに言った。

「エリの新しいお兄ちゃん」

その言葉は俺には残酷すぎた。

まるでナイフを胸に差し込まれたかのように俺の心は痛み、そして血を流した。

決して止まることの無い痛みを胸に、俺は心から血を流し続けるのだろうか。

 

 

お腹をさするエリの指に光る指輪を見つめながら、俺は心の奥底にしまい込んだあの時の想いが蘇ってくるのを感じた。

「ジェイムズのご両親やジョシュアは来てくれるかな…。無理を言ってはいけないけどみんなに立ち会ってもらえたら…。私の父は絶対に来ないって言ってるけどね」

そう言ってエリは目を伏せた。

滞在中エリの家族に久し振りに会って、楽しかった日本での日々が思い出された。

リョウとはエリのことで何度かメールのやり取りをしたが、ジャックの葬式の後は疎遠になっていた。

リョウはエリのことで相当悩んでいるようだった。

リョウはいつもエリの父親代わりでもあったから…

でも…単身赴任している父親の猛反対を受けて、エリはせめてリョウには自分の気持ちをわかって欲しいと言う。

リョウの苦しみが痛いようにわかって俺も辛かった。

リョウの部屋で俺達は無言で向かい合っていた。

エリのお母さんの厚意で俺はリョウの部屋に泊めてもらっている。

「おまえ、まだエリに想いがあるのか?」

唐突にリョウが言った。

「俺にはわかる…

苦しそうに吐き出すリョウの言葉の意味に、俺の心は痛んだ。

俺もおまえも決して報われてはいけない想いをずっと抱え続けて生きているから…

リョウは俺がエリにジャックからのエンゲージリングを渡したことを責めはしなかった…自分でも同じようにしただろうと。

「俺はエリと生まれてくるジャックの子供を祝福してやりたい。だけど2人の将来を考えると不安でしょうがないんだ。エリはまだ若い。大学にも合格してこれからだ」

俺は黙って聞いていた。

「ジェイムズ、俺と約束してくれないか。どんな時もエリを支えてやってくれると。身勝手な願いだがおまえがそう言ってくれるんだったら俺はもう迷いはしない」

「約束する。どんな時もエリを守っていく」

そう言って俺は手を出し、リョウと固く握手をした。

男同士の約束…。

隣の部屋で寝ているだろうエリを思った。

安心してお休み…。

俺はいつまでも君を見守っているよ。

 

カナダに戻って家族に日本でのことを説明する。

そして2人のウエディングセレモニーに、家族で参加することへの了解をとりつけた。

やはり両親は困惑したがエリがジャックの子を産むことに迷いが無いことを知ると、応援すべきということになった。

ジャックが逝ってから臥せがちだった母は、生まれてくるジャックの忘れ形見に会える日を心の支えにしたようだった。

青く澄み切った空に満開の桜が綺麗な4月のある日曜日、エリとジャックのセレモニーは行われた。

俺達が同じ時間を生きたこの街にある小さな教会で。

エリの家族と俺の家族だけの小さなものだったが、そこのいた皆がエリとジャックを祝福した。

白いドレスを着たエリは空から舞い降りた天使のようだった。

ジャックのために…こんなに君は綺麗になって…。

きっと天国からエリを見てジャックは言ったはず…。

"エリィ、綺麗だよ。愛してる。俺だけのエリィ"

エリの指に光るジャックの愛の証。

アイツはここに居ないけど、エリをいつでも遠くから見守っていることだろう。

やっぱりエリの父親は来なかった。

父親もエリの幸せを願っていることに違いは無いはず…。

どうしても現実として受け入れられなかったのだろう。

単身赴任で家族と離れて暮らしていて、自分だけが取り残された気持ちでもあったのかもしれない。

エリがジャックの子を身ごもっていると聞かされ、それで初めて2人が今までそういう関係にあったことを知ったのだから…。

でも…きっといつかはわかってくれる日が来るはず…

そう信じよう…。