Love story Afterwards-4 (James)
Afterwards - 4 ( James )
9月にエリは無事男の子を出産した。
リョウからメールで産まれたばっかりの写真が送られてきた。
母親はその写真を見て居ても立ってもいられなかったようで、次の日には日本行きの飛行機に乗っていた。
俺達もその写真から目を離すことができないくらい、産まれたばっかりのジャックの子供に心を奪われていた。
その赤ちゃんにエリはジャックソンと名付けた。
日本に着いてジャックソンを初めて抱いた母親が興奮して電話をかけてきた。
「寝ているところなんて赤ちゃんの時のジャックにそっくり。赤ちゃんのくせに大きくて長い手足だって…」
典型的なおばあちゃん化している母親のうれしそうな声を久し振りに聞いて俺もうれしかった。
ジャックが逝ってしまってからこの家は火が消えたように冷たいただの建物でしかなかった。
その中で暮らす俺達も、笑うことも忘れたただの人形のように毎日を生きてきた。
でも…きっとこれからジャックソンがこの家にまた希望の光をもたらしてくれるだろう。
母親が日本から帰って来た。
デジカメにいっぱいジャックソンやエリの写真を収めて。
エリは必ずジャックソンをカナダに連れて行くと、後ろ髪をひかれる思いで泣く泣く日本を発つ母に約束してくれた。
母はその日を心待ちにして毎日を生きていた。
そんな中、ジャックソンはスクスクと育っていった。
真面目なリョウから毎週ジャックソンの写真と動画が送られてくる。
子供の成長は素晴らしい。
首が据わったかと思ったら、もう持ち上げている。
次は寝返りにもうお座り。
あっという間に6か月が過ぎた。
母親は今すぐにでもジャックソンに会いたい気持ちを抑え、毎日カレンダーを睨んでは時間が過ぎるのを待っていた。
エリは6か月くらいでこちらに来る予定でいたようだが、3月のまだ寒さが厳しいこの時期に6か月の赤ちゃんを連れてくることにエリのお母さんから反対されたようだ。
確かに病気にでもなったら大変だ…でも…母親はかなりがっかりしたようだった。
エリはそんな母の様子を察して電話をしてきた。
久し振りに聞いたエリの声に俺は懐かしいものがこみ上げてくるのを覚えた。
エリは以前のように俺を兄のように慕ってくれているのが電話の会話から感じられる。
初めての赤ちゃんを育てているのにエリの声は穏やかで、ジャックソンに笑顔で接するエリの姿が浮かぶ。
「ジェイムズ、ジェイムズのお母さんに悪いことしちゃって。がっかりしてると思うんだけど大丈夫かなぁ」
「俺達もがっかりしたけど、大事なジャックソンを病気にさせるわけにはいかないからね」
「そう言ってもらえると私もホッとするんだけど。それでね7月あたりにそちらに遊びに行っても大丈夫か、お母さんに都合を聞いてもらえたらと思って」
俺は母親に電話を替わった。
母親は都合なんて無いのでいつでも来て欲しいと言った。
エリはその母にできれば2か月くらい滞在したいと言ったようだ。
それは落ち込んでいた母親を喜ばした。
母はエリに待ってると伝え、俺に電話を渡して早速エリとジャックソンが来た時の計画を立て始めた。
「エリ、ありがとう。凄く喜んでいるよ。張り切って今から計画を立ててる。でも…エリのお母さんや皆は大丈夫なのかな。エリやジャックソンがそんなに長くこっちに来てて」
俺は心配して聞いた。
「大丈夫、ちゃんと了解得てるから。それに私の家族はジャックソンが産まれてから毎日一緒にいるのに、ジェイムズのご両親、ジェイムズ、ジョシュアには写真とかだけで申し訳ないとずっと思ってた。だから今回、皆にジャックソンとできる限り長く一緒にいてもらえたらなって考えて…。でも2か月もお邪魔したら迷惑かけないかなぁ。ちょっと心配でもあるんだけどね。だってジャックソンって泣く声が大魔神みたいに大きいんだよ。それでね…」
エリはうれしそうにジャックソンの話を続けた…。
とうとう今日はエリとジャックソンが遊びに来る日だ。
母親はエリから電話をもらった次の日からいろいろ準備をしてきた。
2人が泊まるゲストルームをわざわざ模様替えしたり、赤ちゃん用品をこれでもかというくらい買い込んできたり。
気合の入れようが尋常じゃ無いと少し心配はしたものの、本人がうれしそうにしているので親父と俺は黙って今まで見守ってきた。
エリとジャクソンが乗った飛行機がもうすぐ到着する時間だ…。
皆で空港に行くと1台の車に乗れなくなるの俺が代表で迎えに行くことにする。
出掛けに母親が怖い顔で言った。
「安全運転でお願いね。くれぐれも事故なんて起さないで…」
空港に着いて到着案内のモニターを見る。
2人の乗る飛行機はたった今着陸したばかりで、まだ誰も出てきていないようだった。
きっと赤ちゃんがいるから出てくるのは遅いだろうと空いている椅子に座って待つ。
暫くしてクルーとファーストクラスの客が出てきた。
そして‥その後に懐かしいエリの顔が…。
久し振りに会うエリを前に俺は緊張した。
ぎこちなくエリの頬に挨拶のキスをする俺に、エリは長旅の疲れも見せず微笑む。
そのエリが押すバギーの中でジャックソンはすやすやと眠っていた。
エリの話では飛行機の中で大暴れをしたせいか、空港に着いた途端寝てしまったらしい。
それでも赤ちゃん連れだったので皆がよくしてくれて、早く出てくることができたと言う。
それに…荷物も少なかった…といかほとんど無い。
聞くとうちの母親が全部こっちにあるので、なにも持って来なくても大丈夫と言ったらしい。
確かにそれは間違っていないと思いながら、その小さい荷物を車に乗せた。
そして眠っているジャックソンをそっと2か月前から車に取り付けてあったベイビーシートに乗せてシートベルトをしっかり締めた。
エリは助手席に乗らずジャックソンの隣に座った。
「ごめんね、起きた時に私がすぐ傍にいないと機嫌が悪くなるの」
そう言ってジャックソンを見つめるエリ。
エリはどんな時もジャックソンの傍を離れたことが無いとリョウが言っていた。
無事に家に到着する。
待ちきれなかったのか母が玄関の前に立っていた。
そして俺の車を見て家の中で待っていた親父とジョシュアに声をかける。
エンジンが切れるのも待たず、母親は車に潜り込んでエリを抱きしめた。
それで目が覚めたのかジャックソンがまだ眠そうに体を動かした。
エリを探すように大きく開いたその瞳はジャックと生き写しだった。
「ジャッキー、ママはここだよ」
ジャックソンは声の方に顔を向けて笑顔を浮かべた。
エリがジャックソンをカーシートから取り出す。
見慣れない景色に周りを見渡すジャックソン。
そして皆の顔を交互に見つめ、笑って母に向かって手を伸ばした。
ジャックソンを抱きしめながら涙を目に浮かべる母親の姿を見て、俺も涙が出そうになった。
「ジャックソンが風邪でもひいたら大変だ。さあ、家の中に入ろう」
そう言って親父がジャックソンを抱く母親の背中を抱えて家の中へ入って行った。
「お母さん、喜んでくれて良かった。ジャックソンも初めて皆に会ったのにぜんぜん人見知りもしなくて。やっぱりわかるのかなぁ…自分を愛してくれてる人達のこと…」
エリが嬉しそうにそう言うのを見て俺は思った。
こんなに小さな肩、細い腕なのに、それでもしっかりジャックソンを抱きしめて育てているんだ、エリは。
エリ…君はジャックソンが産まれて強くなったんだね。
もう高校生の時のエリじゃ…。
ジョシュアがエリの荷物を持って玄関に向かった。
俺はエリのその小さな肩を抱いてジョシュアの後に続いて家の中に入った。
親父が淹れてくれた紅茶で一息つく。
エリもホッとしたのか、少し眠そうな顔をしている。
「エリ、疲れてないかい?少し休んだら…」
俺はエリが心配で声をかけた。
「ジェイムズ、ありがとう。私は大丈夫よ、体力はあるから。でもジャックソン、少し寝かせたほうがいいのかなぁ…でもお母さんに懐いてるから…そうだ、ジャックソンがお母さんと仲良くしてる間にちょっと泊めてもらうお部屋を見せてもらってもいいかしら…」
「そうね、ジェイムズ、お部屋を案内してあげて。気に入ってくれるとうれしいんだけど…ね、ジャックソン」
母はジャックソンに頬ずりしながら言った。
「えり、案内するよ、荷物持つ」
2人の小さな荷物を持って2階に上がる。
エリは懐かしそうに目を細めて家の中を見つめる。
そしてジャックの部屋のドアに視線を落とした。
2人の部屋は俺の部屋の隣の角部屋。
ジャックの部屋、俺の部屋の前を通って2人の部屋のドアを開けた。
「あーっ、素敵…」
エリが声を上げた。
部屋は薄いブルーの壁、同じ色調で統一された家具、おもちゃが母親のセンスで置かれていた。
これに落ち着くまで何度もインテリアデザイナーと相談をしてきた母親の姿を俺は見てきた。
エリ達が来ることで生き甲斐を見つけて毎日楽しそうに動き回る姿…。
「お母さん、こんな素敵なお部屋をジャックソンや私のために…うれしい」
エリはジャックソンのベッドに置かれたテディベアを抱きしめて言った。
部屋を一通り見たエリを連れて廊下に出た。
ジャックの部屋の前でふと足を止めたエリ…じっとドアを見つめたまま…。
「エリ、中に入るかい」
俺が声をかけるとエリは澄んだ瞳をしてしっかり頷いた。
俺がドアを開ける…。
エリは息を深く吸い込んで部屋の中に入った。
2人が来ることがわかって、俺はジャックの部屋を少し片付けた。
両親やジョシュアはこの部屋を片付けることにためらいを隠せなかったが、俺はするんだったら今しかないと思った。
エリやエリの家族も前を向いて進もうとしている。
俺達もそうしなければ…でもジャックを忘れるんじゃない…。
「お部屋、片付けたんだね…辛かったでしょ、ジェイムズ」
どうしてわかるんだよ、俺が片付けたって…えり。
「私にはわかる。ジェイムズの顔を見たら…どんな気持ちでこの部屋を片付けたのか…
忘れたりしないよ、ジャックのこと。ジャックは私達の心の中で生き続けてるんだから…」
エリ…胸の中に手を入れられて心臓を鷲掴みにされたようで息ができなくなった。
離れていたら君への気持ちもいつかは薄れていくのだろうと思っていたのに…
エリ…この気持ちを君に伝えられたら…
「ジャックの匂いがする…」
そう言ってうれしそうに微笑んだエリを見て、自分の気持ちを今までのように胸の中に押し込んだ。
「そうだね。ジャックはいつも俺達と一緒だ」
ウンと頷いてエリは部屋を出た。
夜は、エリとジャックソンのために母親が作ったたくさんの手料理を囲んで、俺達は本当に久し振りに笑った。
こんなに嬉しそうな家族を見て、俺は心の中に暖かいものが灯ったような感じがした。
ふと見るとそんな俺を見つめるエリと目があった。
俺はエリに微笑んだ…そしてエリも俺に微笑み返す。
エリも俺の家族の嬉しそうな顔を見て、これでよかったと思ってるようだった。
食事の後、笑いながら母親とエリが後片付けをしている。
その間、親父とジョシュアが楽しそうにジャックソンの相手をしている。
この光景を見ていて俺は思った。
エリとジャックソンがずっといてくれたら…と。
「そろそろ休みましょうか、二人とも疲れたでしょ」
母親が名残惜しそうにジャックソンを抱きしめながら言った。
「明日も、あさっても、2か月もあるんだから…」
親父に言われて母はジャックソンをエリに渡す。
ジャックソンを母から受け取って恐縮そうにエリが言った。
「ジャックソン、夜泣きするかもしれない。そしたらごめんなさい」
その時、俺達はそんなの大丈夫だよって笑ったけどそれがあんなに凄いものだとは思わなかった。
あー、眠れなかった。
子供の夜泣きがあんなに凄まじいものだったとは…。
1階に降りると両親がクマのできた半分も開いていない目をしてコーヒーを飲んでいた。
「なにも言わないでよ、エリが気にしたら可哀想だから…」
母親が目を押さえながら言った。
うーん、こんなんじゃ、なにも言わなくてもわかっちゃうよ、エリに。
時間になってもジョシュアが降りてこない。
学校に遅れるぞ!仕方ないので起こしに2階に上がっていく。
「おい、ジョシュア。起きろよ、遅れるぞ」
ジョシュアの部屋のドアを開けて声をかけた。
うーんと唸ってこちらに向けたその顔はやっぱり皆と一緒だった。
「もう、無理。起きられないよー」
そう言ってまたベッドの中に潜り込もうとするジョシュアを無理矢理引っ張り出す。
「早くしろ。おまえが学校に行かないとエリが気にするだろう。それでもいいのか」
そして、しぶしぶとベッドから這い出すジョシュアを連れて1階に降りた。
これがこれから毎日続くのか…どうしよう。
後でなにか考えよう…今は頭が回ってない。
取り合えず大学に行かなくては…。
セメント詰めにされたような頭で1日大学の講義を受けて、やっと家に帰ってきた。
部屋でぼーっとしていたらエリがやってきた。
「ジェイムズ、大丈夫?かなりきつそう…」
エリがすごく悪そうな顔をして心配そうに俺を見る。
「心配ないよ、これくらい」
目の下にクマを作ってなんとも無いと言うのもウソっぽいなと思ったけど、エリの腕の中で無邪気な笑顔をして俺を見つめるジャックソンを見たらもう…。
まったくこの天使のような顔にしてやられてる…俺達なんだよなぁ。
「エリ、今日は家でゆっくり過ごすって言ってたよね」
「うん、お母さんといろいろ話をしてたの。ジャックの子供の頃の話とか。ジャックソンを見るとジャックの小さい頃の面影がって…お母さん、泣いてた。私も泣いてしまって…。2人で泣いてたからジャックソンが不思議そうな顔をしてたわ。前にお母さんに言われたの。ジャックを愛してあげてって。私ももっとジャックを愛したかった…」
エリは目に涙を浮かべてそう言った。
ジャックはこんなに君に愛されて幸せだったはずだよ。ジャックソンを産むことを決断したエリ。
ジャックを愛してなかったらそれはできなかったはず…ジャックソンにはジャックの血が流れてる。
ジャックソンの中で生き続けるジャック。
俺の大事な弟だった…。
忘れたりしないよ、おまえのことは。
ジャック…