Love story Afterwards -8 (Ryo)

Afterwards -8 (Ryo)

  

カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。

たった今、ジャックの日記を読み終えた。

途中、辛くて何度も読めなくなった。

でもその度に、やらなきゃいけない…2人のために…俺達のために…

そう思って心の痛みを堪えながら読み続けた。

ジャック…俺はもっとオマエをわかってやるよう努力すべきだった。

でも…もう遅いんだよな。

俺でさえこんなに苦しんだのに、えりはどんな思いでこれを読んだのか…

えりはジャックを慕って泣いてる暇なんか無かった。

ジャックの子供を妊娠してるとわかって産むって決めた後のえりは、泣き言一つ言わずにがんばってきた。

でも…きっと心の中で叫んでいたはず…

どうして逝ってしまったのか…もう会えない…2度と言葉を交わすことも無いなんて。

ずっと心の奥底に閉じ込めていたその気持ちが、ジャックの日記を読んで溢れ出してしまったんだろう。

ジャックに会いたいという想いが…

現実にはもう会えない…でもどうしてもジャックに会いたい…その想いの行き場が夢の中だったのかもしれない。

そう考えればえりのスリープウォークの謎がとける。

しかし…これからどうしたらいいのだろう…

この頃は寝ている時以外もジャックを想って泣いているえり。

このままじゃ、えりの精神がバラバラになってしまう。

ジェイムズ…おまえに助けを求めるのが酷なのは十分わかってる。

でも…えりが言うんだ…カナダに行きたいって。

この前、日本に帰って来る時に空港でジャックを見たなんて…

俺は本当にどうしていいかわからないんだよ。

このまま日本にいても問題は解決しないような気がするんだ。

ジェイムズ…おまえはどう思う?

携帯から聞こえるジェイムズの声は苦しそうだった。

"エリを連れて来てくれないか…エリの傍に居てやりたい…"

えりを独りでは行かせられない…俺がついて行くしかないか…

俺がえりを連れて行くことを約束するとジェイムズは安心して電話を切った。

でも…本当に連れて行って大丈夫なんだろうか…

カナダに行くことを伝えるとうれしそうに微笑んだえり…

この先…なにが待ってるかわからない…

でも今は信じて前に進むしかない…

これでいいんだよな…ジャック

 

カナダに向かう飛行機の中で、ジャックソンと嬉しそうにしているえり。

その姿を一緒に来たいと言った翔と見つめる。

俺一人でえりを連れて行くはずだったが、翔の奴があんなことを言い出すなんて。

母親と翔にえりとジャックソンを連れてジェイムズの所に行ってくると話したあの時…

翔は自分も行くと主張した。

でも学校もあるし、それに向うでどんなことになるか予想もつかない。

連れては行けないと言った俺に、アイツは今まで見たことも無いくらい感情をムキ出しにして叫んだ。

"僕はいつも外野で飛んでこないボールを待ってるようなものだった。なにか家族の中であっても、誰も僕のことなんか必要として無くて…僕はただの傍観者だった。でも…もうそんなの嫌だ!僕だってこの家族の一員なんだよ!お姉ちゃんが大変なこと…わかってる。だから…僕もなにかしたいんだ。大事なお姉ちゃんやジャックソンのために…"

今まで翔がそんな風に感じていたなんて知らなかった。

ずっとえりとジャックのことで頭がいっぱいだった…

翔のことをぜんぜん見ていなかったのかもしれない。

手のかからない弟だったから、それに甘えてしまった。

ごめんよ…翔…

「もうすぐ着くよね、兄さん」

翔が背伸びをしながら言った。

「あぁ…結構疲れたな。でも空港にはジェイムズが迎えに来てくれてるはずだ。今日はそのまま家に直行だから、もうちょっとがんばろうか」

フライト中、交代でジャックソンの相手をしてきたから翔も俺も疲れた。

それにしても元気だよなぁ…子供ってのは。

疲れてるのは俺達だけ…

もうすぐで到着のアナウンスが入った。

とうとう来たんだ。

これから俺達を待ってるものがなんであろうと、俺は逃げはしない。

守るもののために…

でも…カナダか…

まさかこういうカタチで訪れることになるとはな…

今頃…あの子はどうしてるんだろうか…

無事入国手続きを済ませ、到着ロビーでジェイムズと再会した。

一瞬、俺とジェイムズの視線が交わる。

「リョウ、カケル、ようこそ、カナダへ。エリ、お帰り。長旅お疲れ様…家で皆が待ってる。さあ、行こうか」

嬉しそうに頷くえりを見て、やっぱり来てよかったと思う。

「カケル、フライトはどうだった?海外旅行は初めてだったよね」

ジェイムズが車を走らせながら会話する。

「うん、快適だったよ。でも夕方に成田を出て暗くなってもう夜だって思って窓を開けたら、太陽が水平線に見え出したのを見て不思議な気持ちになったよ。日付を逆戻りしたってことをわかっててもやっぱり…

「そうだね…俺も子供の頃、日付変更線を越えるって聞いて、どこかに線が引いてあるのかと思って探したことがあったよ。今から思えば笑っちゃうけどね。でも…皆、大丈夫かな。時差ボケしないためには今はがんばって起きてたほうがいいんだけど。夜までもつかな…夕食は早めに用意してくれるように母親に聞いてみるよ」

「さすがだなぁ…ジェイムズ。ありがとう、僕…かなりきてる。もう寝ちゃいそうだもん」

目がほとんど開いてない状態で翔が辛そうに言った。

そうなんだよな。この時差ボケってのは確かに辛い…

まさに着いた初日が肝心…

「ところで、ジェイムズ。両親やジョシュアは元気なのか?今回は4人で押しかけてしまって迷惑じゃなかったか?」

「いや…ジョシュアは勿論、両親も凄く喜んでるよ。久し振りにリョウやカケルにも会えるって。日本ではほんとにお世話になったからさ」

開けた車の窓から澄んだカナダの風が入ってくる。

ちょっと冷たいけど気持ちいい…

特に眠くて朦朧としてる頭を冷やすには。

窓の外には日本と違う景色…

こうして眺めていると、ここに来たワケを忘れてしまいそうだった。

なんの心配も無く、ただ観光で来たのだったらどんなによかったか。

ジャックが俺達の到着を皆と一緒に待っていてくれるのであったら…

 

ジェイムズの運転する車が停まった。

ここなんだ…3人の家は。

3人が…ジャックが生まれ育った場所。

見上げた建物から、俺はなにかを感じていた。

ジャック…オマエがここにいるような気がする。

ここでえりとジャックソンを待ってるような。

…そんな気がするんだ。

久し振りに会ったジェイムズの両親は、日本に居た時よりもかなり歳を取ったように見えた。

俺の両親もそうだったけど、ジェイムズの両親も辛い思いをしたんだ…

えりやジャックソンが2人の傷ついた心を少しでも癒すことができるなら…そう…願わずにはいられなかった。

 

あー、もう限界か…

疲れてる俺達のために早めに用意してくれた夕食を済ませて、今日は失礼させてもらった。

俺はジェイムズ、翔はジョシュアの部屋に泊めてもらう。

翔がジョシュアと楽しそうに話しながら部屋に入って行く。

家で到着を待っていたジョシュアと翔のうれしそうな再会の姿が思い出された。

翔…連れてきてよかった…

俺とジェイムズはジャックの部屋で荷物を広げているえりの姿を見てから部屋に入った。

「ジェイムズ…おまえは俺との約束を守ってくれている。ありがとう…でも…辛い思いをさせて悪い…

「そんなこと無いさ、リョウ。オマエこそ、大変だろう…。大学だってあるだろうし、大丈夫か…

「あー、なんとかなるさ…

お互いの顔を見合わせて笑った後、溜息をつく。

「エリのことだよな…空港でジャックを見たって言うんだよな」

「そうなんだよ、ジェイムズ。」

「7月に見送った時、エリの様子がちょっと変だったんだ。空港でジャックの名前を呟いて…その時は気にしなかったんだけど…やっぱりなんかあったんだろうか…空港で」

本当にジャックだったのか…そんなワケないだろう。他人の空似か…

「リョウ、俺は余計なことをしてしまったんだろうか…エリにジャックの日記なんか渡して。日記を読んだエリがスリープウォークを始めてしまったんだから…すまない…

そう言って下を向いてしまったジェイムズを責める気なんかなかった。

「ジェイムズ…おまえのせいじゃないよ。だから自分を責めるのは止めてくれよ」

「ありがとう…リョウ。そう言ってもらえると少し心が軽くなるよ。エリのことはとりあえず…少し様子を見てみようか」

「そうだな…ただ夜中にえりが出歩いたりした時のために、注意はしておかないと…

「リョウ、交替で起きていようか…

「そうしてくれるとあり難いよ。日本の家と勝手が違うから…

わかったと頷くジェイムズを見て、ずっと独りで背負ってきた重荷が軽くなったような…ジェイムズと2人だったらなんでも乗り越えていけそうな…そんな気がした。

「なあ、ジェイムズ。ジャックの本当の…ごめん…産みの親はどうしてるんだ?ジャックに兄弟はいないのか?」

「2人とも健在だよ。交流は無いけど…確か…ジャックにはカケルやジョシュアと同い年の弟が居た筈…前に母親から聞いたことがある…

そうなのか…弟か。ちょっと気になった。

俺はジェイムズに辛い質問をしてしまった。

でも…ずっと気になっていたこと。

「ジャックの家族と暮らしてるオマエの弟はどうしてるんだ?」

ジェイムズの顔がみるみるうちに蒼白になっていく。

「ジェイムズ…聞くべきことじゃ無かったようだ。ごめん…

「いや、リョウには知っててもらったほうがいい…俺の弟のジャスティンは2才の時に亡くなってるんだ。病死だって聞いている。このことで、生まれた時の病院での手違いが発覚したんだ。葬式も済んだ後だった…両親がジャスティンのことを知ったのは…両親は本当の子供…ジャスティンを1度も抱くことも無く、葬式に出ることもできなかった。俺は墓標にすがって泣き崩れる母親の姿を今でも覚えてる…でも…それがジャスティンだったと知ったのは、それからずっと後のことだった…

そんなことって…あるもんか。

ジェイムズ達がなにか深い悲しみを背負って生きているのは感じてた。

…けど、こんなことって。

運命の悪戯なんてもんじゃないよ。

ジェイムズ達の悲しみに比べたら俺の…俺の報われないえりへの気持ちなんて…

沈黙が流れる…

ジェイムズが口を開いた。

「そう言えば…やったな、リョウ。オマエのことだからやり遂げると思ってたけど。持ってきてくれたんだろう…

そうだった、ジェイムズに渡そうと思って持ってきていた。

「あー、持ってきたよ。サポートしてもらったからな」

一冊の本をカバンから取り出して渡す。

「これか…

ジェイムズが手にとって中を見る。

そして最初のページを見つめるジェイムズの目に涙が浮かんでいく。

出版された蒼の遺作…

蒼が亡くなってから一年が経った頃、蒼の両親から原稿を受け取った。

それは…蒼がえりに出逢ってから書いたものだった。

物書きになるのが蒼の夢だった。

蒼の最初で最後の作品…

原稿の初めには"ベストフレンドのえりへ捧ぐ"と書いてあった。

蒼の両親はこれをえりに持っていて欲しいと言った。

蒼を忘れないで欲しい…と。

彼等とは蒼の葬式で言葉を交わしていた。

式には俺だけで行った…えりは行ける状態じゃなかったから…

1度えりを連れて蒼の墓参りに行ったことがある。

でも…えりには酷すぎた…その後、体調を崩して寝込んでしまった。

その頃からえりの妊娠を知った奴らが蒼の子供じゃないかって噂をした。

そしてその噂は蒼の両親の耳にも届いてしまった。

蒼とえりがそういう関係では無かったことを説明して、なんとかわかってもらったけど…辛かった…蒼の両親の俺を見る目…

えりが蒼じゃなくてジャックの子を身ごもってるって知った時…誤解されてしまったようで、悔しかった。

えりとジャックのことをなにも知らない人間にはわかりはしない…

そう思ってもえりが蒼の両親から…まわりの人間から軽蔑でもされたら…

俺がえりを守らなくては…えりをこれ以上悲しませたりなんかさせない…

だから…原稿を受け取った後、俺が持っていた。

蒼の両親がえりにって持って来てくれた…その気持ちはうれしかった。

彼等もわかってくれたんだなって思えたから。

でも…渡すのはえりがもう少し元気になってからにしようと思った。

無事ジャックソンが生まれて、初めての赤ちゃんが家にやってきて、俺達は毎日慌しく過ごしていたから。

新年を無事迎えた頃、原稿をえりに見せた。

えりは読んだ後、泣くのを堪えて言った。

"これ…本にできないかな。蒼の生きた証に"って。

それから俺はえりの想いを叶えるために、原稿を持って走り回った。

蒼の子供の頃に好きだった本の作者から了解を得て、蒼の作品と蒼が好きだった物語をまとめて一冊の本にさせてもらった。

地域の人達の寄付のおかげで出版費用もなんとかなった。

ジェイムズもカナダから協力してくれた。

いろいろあったけど、皆のおかげでやっと出版までこぎつけた。

製本されて綺麗に梱包された蒼の本。

俺はそれを持って蒼の両親の所へ行った。

この封を切るのは蒼の両親しか居ないって思ったから。

蒼のお父さんが本を手に取った…

そして本を胸に抱いて泣くのを堪えていた。

俺はその姿を見ていられなくて、頭を下げて失礼しようとした。

その俺に…お父さんは言ったんだ。

"ありがとう…これで前を向いて生きていける"って。

………

「リョウ…オマエも辛かっただろう。でもこれでソウも喜んでくれてるよ、きっと…

ジェイムズ…そんなこと言われたら…泣いてしまいそうだよ…バカヤロウ…

「もう…寝よう。寝不足が限界にきてる。シャワー使わせてもらうな…

俺は慌ててジェイムズの部屋を後にした。

そうしなかったら…ジェイムズに俺の涙を見られてしまいそうだったから…