Love story Afterwards -14 (James)

Afterwards -14 (James)

  

「無理しないで、ゆっくりでいいから」

車から降りようとするエリの体を受け止める。

今日はエリの退院の日。

「大丈夫だよ、私の足が短いからちょっと危なっかしく見えるだけだって」

エリはそんなことを言って笑って見せるけど、しっかりと俺の腕を掴んで体を支えようとしてる。

無理してるんだよな…ぜんぜん元気なフリしてるけど。

エリの足が地面に着いたのを確認して抱きしめる腕の力を弱めた。

「雪、降ったんだね。家の周りにちょっと残ってる…」

エリが昨晩降った雪に触れる。

「少しだけだったけど、でも念のために親父の四駆で迎えに行ったんだ。これだったら雪に埋もれることは無いだろうからね。だけど乗り降りは病み上がりのエリには大変だったよね…ごめん。足が短いせいなんかじゃないからさ」

「ジェイムズ…優しいんだな…ありがとう…」

俺の腕に自分の腕を絡ませて俺を見つめるエリを思い切り抱きしめた。

もう…我慢しなくていいんだ、俺のエリなんだから…

「2人とも…そろそろ中に入ったらどう?」

その声に振り向くとドアが開いた玄関に両親とジョシュアが立っていた。

「邪魔したくなかったんだけどさ、ここで立って待ってるのも結構寒いんだよね」

ジョシュアがわざとらしく体を震わせながら言った。

「ごめんなさい…皆が風邪引いたら大変。ジェイムズ…行きましょう」

エリは俺の手を引いて急いで中に入ろうとする。

「エリは悪くないよ。お帰りー」

ジョシュアがエリを抱きしめて頬にキスをする。

それに続いて両親が交互にエリを抱きしめた。

「さあ…中に入って。エリが疲れちゃうわ」

母親がエリを抱えて家の中に連れて行く。

「おまえも疲れただろう、少し休んだらいい」

………

親父の言葉でエリが退院するまでの日々が思い出された。

 

"ひと晩様子を見ましょう…"

医者からそう言われて俺は次の日にはエリを連れて帰れると思ってた。

でも朝に…俺が少し病室から離れていた間にエリが高熱を出したため退院は見送られた。

"ごめんね…ジェイムズ。ますますみんなに迷惑かけてしまって…"

"そんなこと無いよ…"

力なく俺を見つめるエリの頬にそっと触れる。

もともと体力が落ちていたエリは、熱が出たことで起き上がれないくらいになってしまって。

朝起きた時は元気そうにしてたのに。

俺は毎日病院に行ってエリの傍にいた。

その場所以外にいることなんて考えられなかったから。

"エリ、ゆっくり休んで元気になって。なにも心配することなんかないよ…"

安心したような顔を俺に向けて微笑むエリ。

俺がいるから…すっと傍にいるから…

 

「ジェイムズ…いつまでそこに立ってんだよ。エリが呼んでるよ」

ジョシュアが俺を玄関に押し込みながらドアを閉めた。

「まったくさ…寒いんだから、もう…」

ブツブツ言いながら歩いているジョシュアの後に続く。

リビングルームでは皆がお茶を飲んでいた。

「あー美味しい、病院のはちょっと…ね。ジェイムズも飲んで温まって」

エリが湯気の立つカップを両手で包みながら俺を見る。

「お疲れ様、ジェイムズ。はい、あなたの分」

母親からカップを受け取って熱い紅茶を冷えた体の中へ流し込む。

「ジャックソン、もうすぐ起きる時間かなぁ…ちょっと緊張する…」

エリが真面目な顔をしてそう言った。

「緊張するって、どういう意味?エリ」

クッキーをかじりながらジョシュアがエリを見る。

「だって…入院してる間、すっかりお母さんにお世話をお願いしてしまって。もう、おばあちゃんのほうがいい…なんて言われちゃったらって思うとね」

そんなこと無いわよって言いながらもうれしそうにしてる母親の横で、この光景に目を細めている親父。

エリが居なかった一週間がウソのように家の中が明るくなって…そして暖かいものが溢れている。

そして…エリが俺の横にいる…なにもかもが夢のようで…

「ジェイムズ、飲み終わったらでいいんだけど、荷物を2階に運ぶのを手伝ってもらってもいいかな…」

俺はボーッとしていたんだろう。

"大丈夫?"って言うような顔をしてエリが俺の顔を覗き込んだ。

「あっ、荷物だよね。今持って行くよ…」

ちょっと焦って立ち上がった俺はテーブルを蹴っ飛ばしてしまった。

「もう…ジェイムズ。大丈夫?さっきからボーっとしてばっかり。疲れてるようだから少し休んだら?」

ジョシュアはテーブルにこぼれた紅茶を拭きながら俺を見上げて言った。

「大丈夫だよ、ちょっと考えごとをしてたんだよ」

皆の前で強がってそうは言ったものの、なんだか体が重く感じてきた。

「そうね、エリも今のうちに少し横になっていたほうがいいわよ。さあ…2人とも2階に上がって」

そうしたほうがいいか…

俺を見つめて頷くエリの手を取った。

「じゃあ…そうさせてもらうよ」 

エリと俺は母親に言われた通り2階に上がった。

静かに部屋のドアを開ける。

ジャックソンはスヤスヤと寝息をたてて眠っている。

そっとジャックソンの頬にキスをするエリ。

「ごめんね、淋しい思いをさせて。ママ、もう大丈夫だよ…」

小さくそう囁いたエリの肩にそっと手を置く。

エリが振り返って肩におかれた俺の手に自分の手を重ねた。

「お母さんに迷惑かけてしまったもの、がんばらなきゃ…それに…独りじゃないから。ジェイムズがいるもの…ジェイムズがいてくれるもの…今までも…これからも」

そう言って俺に体を預けるエリを強く抱きしめた。

「エリ…」

………

「マミー、ダディー」

俺たちの気配で起きてしまったのか…

ジャックソンの声で離れようとした俺をエリは強く抱きしめたまま言った。

「ジャックソン、マミーもダディーもここにいるよ、もうどこにも行かないから…ずっと一緒だよ」

俺は目を擦りながら立ち上がってこちらに腕を伸ばしてくるジャックソンを持ち上げて抱きしめた。

「ダディー」

 

平穏な生活…大学、両親、弟、隣にエリとジャックソンがいる。

これ以上、幸せなことって無いよ。

でも…欲張りになってしまう。

この腕で抱きしめること…この腕の中にエリの体があるのに、それだけで満足できない。

今までどうやって耐えてきたのか。

キッチンでディナーの後片付けをしているエリを後ろから抱きしめた。

首筋に唇を寄せる。

「ジェイムズ…もう…だめだよ…」

エリは両手が洗剤で泡だらけだから、体を硬くして俺から逃れようとする。

どうしてだよ…もう家族も…誰の目も気にしなくていいんだよ。

なのに…どうしても感じてしまう。

俺とエリとの距離。

でも…待とう…今までずっと待ったんだこれくらい…

 

「ジャックソン、これなんかどうかな?」

モールのオモチャ屋でジャックソンが冬の間家の中で遊べるようなものを探していた。

「ジェイムズ…大きすぎない?こっちの小さいのでいいよ。部屋に入らないもの…」

エリが小さいほうのジャングルジムを指さして言った。

「置くとこなら心配ないよ、ファミリー用のリビングルームをジャックソンのプレイルームにしていいって」

「えっ…でも…」

心配そうな顔をしているエリの肩を抱いた。

「皆、うれしいんだよ…エリやジャックソンが居てくれるだけで。だから…できるだけのことをしたいって気持ちなんだ」

「ジェイムズ…ありがとう。みんなの気持ちを素直に受け取らせてもらっちゃうね」

大好きなエリの笑顔…俺のエンジェル…

それを見ているだけで十分だった…今までは。

エリ…俺は…俺は…

まだ遊び足りないジャックソンとエリをオモチャ屋に残して、俺は母さんに頼まれたものを買いに行った。

戻ってくるとエリが知らない男と楽しそうに話をしていた。

2人の笑い声が聞こえてくる…

声をかけられず立ち尽くしている俺を見つけてジャックソンが手を振った。

「ダディー!」

振り向いて俺を見た男の瞳に映ったもの…失望感か…

軽く挨拶をしてオモチャ屋を後にする。

「エリ、ランチにしようか…」

黙ったまま歩き続ける俺を見てエリが言った。

「どうしたの、ジェイムズ?」

「なんでも無いよ…」

「そうかな…不機嫌ぽいよ。温厚なジェイムズがそんな顔をするなんて…」

「俺は温厚なんかじゃない!怒るし…」

「じゃあ…どうして怒ってるの?」

そう言って俺を見つめるエリ。

「エリは俺のだ。俺以外の男とあんなに楽しそうにしてる姿を見て我慢できないんだよ…自分でも子供じみてるってわかってる。でも抑えきれないんだよ」

それは完璧に俺の理性が感情に負けた瞬間だった。

エリの前では俺は無力なただの男…

「ジェイムズ…」

エリのふわっとした柔らかな唇の感触

それと同時に俺の腰に回されたエリの腕

「エリ…」

「ジェイムズ…あの男の人。奥さん病気で亡くなったんだって。息子さんとオモチャ屋さんに来るの初めてでなにを買ったらいいのかわからないって。今まで全て奥さん任せにしてたからって。今年のクリスマス、どうしたらいいんだろうって。私…あの人の悲しみが痛いほどわかるから…」

そう言って遠くを見つめるエリの瞳にうつる悲しみ…

「エリ、俺は…」

「ジェイムズ、私はあなたがいてくれて本当に幸せよ」

胸に抱いているジャックソンが小さな手を伸ばして俺の頬に触れた…

俺の大事な大事なエリとジャックソン…

俺は…ずっと一緒にいるから…

2人の傍に…

 

もう離れて暮らすなんて考えられないよ…

心が掻きむしられるように痛む…

モールから帰った後に部屋でエリが言ったこと…

"私、考えてたんだけど4月から大学に復学しようと思うんだ。今がんばったらその後が楽かなって…。私…みんなに頼ってばっかりだけど、少しは自分のことを考えなくちゃって思うから。5年後くらいに私はなにをしていたいのか…子供がいるぶん、ちゃんと計画とかたてて…とか…"

エリは正しいよ応援するのが当然なんだよね。

でも嫌だ!帰したくない…離したくないい。

わがままでもなんでもいい。エリは俺のものなんだ。

エリの笑顔が見れなくなるなんてそんなこと

俺には我慢できない

   

空から雪が舞い降りる中、手をつないで2人で丘をのぼる。

見えてくるジャックの碑。

日本でエリと出逢ってからいろいろなことがあった。

嬉しかったこと、悲しかったこと

全てを乗り越えてエリと俺は今こうしてここにいる

俺はエリと一生を共にしたいと思う気持ちでいっぱいだ。

でもそれに伴う男としての責任

俺になにかあっても今のエリと俺の関係では法律的になにもできない。

でもちゃんと法律的に認められればそれが俺のエリへの愛の証し

ジャックの碑に花を添えるエリを見つめる。

ジャック、俺に勇気をくれないか。

俺がここから逃げ出してしまわない様に

 

俺は気づいていた。エリの指からジャックからの指輪が消えたこと。

エリは洗い物をして外したからと言ったけど、その後もつけようとしなかった。

気にしてるんだよな、俺に気を使ってるのか。

だから…

「エリ、指輪持ってきてくれた?」

「うん、でもどうして?それに大事な用事って」

不安そうな表情をしているエリの頬を両手で包み込む。

「外したままだよね、それ。エリ…俺はエリにその指輪をずっとつけていて欲しいんだ。

でもそれが辛いことでもあるということもわかってる。その指輪はジャックの君への想い全てだ。俺は1度その指輪をジャックのかわりに君の指にはめた。俺は…またその指輪をエリの指にはめたい。今度は俺の愛の証として…ジャックの君への想い、君のジャックへの想い…全てを受け止めて。エリ…俺と一緒に…生きてくれないか。ずっと傍に居て欲しい」

息をのむエリの前に片膝を立てて跪く。

そして…エリの手を取った。

Will you marry me?

もう…息をしてるのが不思議なくらい…息をするのを忘れてしまったのか…

心臓が壊れそうなくらい音を立ててる…エリの返事は…

でも…エリから言葉が返って来ない…

ただ俺をじっと見つめるだけでなにも言ってくれない。

俺の思い違いだったのだろうか…ずっと一緒にいたい…エリも同じ気持ちだと…

苦しくて思わず目を逸らした俺の前にエリは跪いた。

そして俺の頬に手を添えて顔を覗き込んで言った。

「ジェイムズ…ありがとう。突然でびっくりしちゃったよ。私の方こそ…私も…ずっと一緒にいたい。ジェイムズと同じ時間を生きたい」

エリが俺の両手を取って胸の前にあわせた。

「私もジェイムズのお嫁さんになりたい。だから…Yes…」

そう言って俺の顔を見つめるエリの瞳から涙が流れた。

「よかった…泣かずに言えた。ちゃんと伝えたかったから…」

エリ今Yesって言ってくれたよね。夢じゃないんだよね。

それを確かめるようにエリを抱きしめる。

「ジェイムズ苦しいよ

エリがちょっと辛そうにでも嬉しそうに俺の腕の中で言った。

「ごめん、ごめん。嬉しすぎて力が入ってしまったよ」

エリを支えながら立ち上がる。

「それじゃいいかな」

ジャックの指輪を受け取りエリの左手の薬指にはめる。

そして口づけをする

今までのキスとは違う…エリは俺の俺の奥さんになるんだ。

恥じらって俯くエリの耳元でささやく。

「エリ愛してるよ」

 

「なんて言ったらいいのかな…ちょっと恥ずかしいかも…」

丘を下りながら家に戻る途中エリが言った。

「私達、婚約しましたー!なんて明るく言っちゃったりしていいのかな?もうどうしよー」

中庭に戻るとエリは俺の背中に隠れてこっそり家の中の様子を窺った。

その姿に思わず頬が緩む。

子供の顔のエリが愛おしくて母親の顔のエリも綺麗だけど

家の中に入ろうとしてガラスドアを開けたらそこには両親とジョシュアが居た。

俺も最初の一言が出てこず思わず苦笑する。

そして言葉の代わりにエリと繋がれた手を揚げてみせた。

勿論、エリの薬指の指輪が見えるように。

エリは俺の胸で顔を隠そうとしてるけど耳まで赤くなってるのが皆からも見えてるよ。

それを見た両親とジョシュアが大きな微笑を浮かべる。

「おめでとう、エリ、ジェイムズ」

エリと俺は両親とジョシュアから祝福のハグ攻撃を受けた。

「ジェイムズ、私達、幸せものだよね。こんなに家族から祝福されて。次は日本のみんなにも報告しないと…」

そうだ、すぐに日本の皆にも知らせなければ。

 

「それじゃ、いくよ」

恥ずかしそうに頷くエリと2人でパソコンの前に座る。

しかし今度は俺が緊張してパソコンのキーボードがうまく叩けない。

なんて切り出したらいいのか。

スカイプが繋がった…

「ジェイムズ、エリ…元気か?」

画面の向うのリョウはいつもの笑顔。

俺達のことを話したら…

ブツっと回線を切られたりして…

リョウのことだからそんなことはしないだろうけど…

マジで緊張する…

「あっ、あー。いや…こっちは問題無い…実は…」