Love story Afterwards -15 (James)
Afterwards -15 (James)
「ジェイムズ、緊張してきちゃったよ…婚約のお知らせで簡単なティーパーティーって聞いてたからもっとカジュアルなのかと思ったら…」
エリはセッティングされた応接間を見て溜息を洩らした。
部屋の中は母がアレンジした生花がこれでもかというくらい飾られていて、その強烈な匂いで鼻腔がくすぐったいぐらいだ。
所々に置かれているテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上にはエリと俺のツーショット写真が飾られている。
それだけではない…写真の周りには真っ赤なバラの花びらが…
エリが困惑するのもよく理解できる。
最初に聞いた母の話ではこんな感じでは無かったような…
「大丈夫だよ、エリ。立食パーティーだからカジュアルな雰囲気になるはずだ」
「うーん…そうだといいんだけどね…」
まだ心配そうにしているエリを引き寄せて腕の中にしまい込む。
「俺がいるよ、なにも心配することないから。パーティーではエリの傍にずっといるから」
俺の言葉でやっと安心したのかエリの顔に微笑みが戻る。
「うん、ジェイムズが一緒だから恐くないよね…」
俺の腕の中で甘えるようにエリが言った。
その仕草が可愛すぎて思わずエリの腰に回した腕に力が入いる。
「あのーいい感じのところ悪いんだけど、もうすぐゲストが来る時間だってさ。2人ともちゃんと準備オッケー?」
不意に聞こえたジョシュアの声でエリも俺もお互いからぱっと離れる。
「なんだよ、ジョシュア。びっくりするじゃないか…ってもうそんな時間か」
俺の準備って言ってもこれ以上することもないのだが…
「ジェイムズって言うよりエリのほうだよーほらっ、ずいぶん乱れちゃって」
ジョシュアが俺の胸で乱れたエリの髪を直しながら言った。
「ジョシュアってこういうのも得意だったのね、ありがとう」
「エリ、ぜんぜん大丈夫だよーでもこの後は2人とも自重してよねーまた直すのやだから」
エリは下を向いて顔を赤く染めている。
まったくジョシュアには敵わないな…
「あとはこれで…よーし、パーフェクト!エリ、凄く綺麗だよー」
ジョシュアは飾ってあった花の中からブルーローズを取り出してエリの髪にさした。
「エリもジェイムズも幸せになってよね、僕は行くよ」
アイツなりに俺達を祝福してくれているんだ…ジョシュアの後姿に胸があつくなる。
「ジェイムズ…」
エリが微笑みながら俺の手を取って言った。
「幸せになろうね、私達…」
招待客が揃ったようだ。
招待客と言っても、親戚と仲の良い友達だけだけど。
一人一人にエリを紹介して回る。
葬式で会ったのか、エリがジャックの彼女だったと覚えていた人達がいた。
瞳には困惑の念を映しながらも俺達に祝福の言葉を投げかける。
確かに俺達のことを本当に理解してもらうには時間がかかるだろう。
俺はその努力はする、そのことがエリを幸せにするためでもあるから。
エリの紹介が一通り終わったところで両親が部屋の中央に立った。
挨拶があるのだろう…
「今日はエリとジェイムズのためにありがとう。2人の婚約を祝ってささやかですがランチも用意してあります。時間の許す限り楽しんでいってください。それでは乾杯をしたいと思いますので皆さんお手にグラスを…」
父親の言葉に皆がグラスを持った。
「2人の婚約に乾杯!」
「乾杯―」
皆の注目を浴びて少し緊張したのかエリは俺のシャツを掴んでいる。
そんなエリの耳元に俺は囁いた。
「大丈夫、俺がいるから…」
「おいおい、そこで2人でなに話してるんだよ、ジェイムズ、俺達にも聞かせてくれてもいいんじゃないか」
大学の悪友の一人、ディヴィッドが少し赤い顔をして絡んでくる。
「ホント、オマエさぁ世界一幸せって顔してやがるぜ。ムカつく…こんな可愛い子がオマエの嫁さんかよ…まったくよーちぇっ、まあ、なんだかんだ言ってもさ、羨ましいってことだ…それに…」
まだなにか言い足りなさそうなディヴィッドを無理やり悪友達が引っ込める。
「ジェイムズ、あんな感じだけどさ、ディヴィッドは嬉しくてしょうがないんだよ。俺達もオマエの幸せそうな顔を見れてホント嬉しいんだ」
そう言った友達の言葉の意味が痛いほど理解できた。
アイツらにも心配をかけた…ジャックのことで俺が参っていた時に励ましてくれた…
俺はそんなアイツらに応えたい。
オマエ達のおかげで、今俺はこんなに幸せなんだって…
「エリ…」
俺はエリと向き合った。
エリは何事かとじっと俺を見つめている。
俺はエリを抱き寄せた…そして…
「エリ、愛してる。君を幸せにする」
皆の前で大宣言だ!
耳まで真っ赤にしてコクッと頷くエリの姿に悪友達が口笛の鳴らす。
「いいぞ、ジェイムズ!それでこそ俺達の仲間だ!幸せになりやがれってもんだぜー」
口いっぱいにオードブルを詰め込みながらディヴィッドが声を上げた。
そしてその光景を見ていた他の招待客にも笑みがこぼれる。
その後パーティーはいい感じで進んでいった。
ランチでお腹が膨れたのか客の大半が椅子に座っている。
もうそろそろお開きかな…そう思って両親を探そうとした時だった。
「エリ、ジェイムズ、こちらに来て頂戴」
2人で母親の声がするほうへ行ってみるとそこには大きなケーキが…
うわっ…もしかしてこれは…
エリと目が合う。エリも同じことを考えているのか、顔が固まっている。
「2人の誕生日もすぐなのでせっかくだから皆さんと一緒にお祝いするのもいいかなって思って」
母が嬉しそうに言った。
やっぱり…なにかやってくれるだろうと思ったけど。
エリも観念したのかケーキの前に立って母に礼を言っている。
「それじゃ…今度はお誕生日祝いねー」
親戚のおばさんたちがよっこらしょって感じで椅子から立ち上がった。
皆がケーキの周りに集まってきて、母親がケーキの上のキャンドルに火をともした。
そして…皆がまさに歌いだそうとしたその時…
「おかしい!」
皆の後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。
皆が声をした方を向いた。
そして、自然とこちらに向かって空間ができて、その中を誰かが歩いてくる…
あっ、あれは…
エミリーは俺とエリの前で立ち止まった。
「ジャックの次はジェイムズって…どういうこと?乗り換えが早いんじゃない」
エミリーの言葉に皆が息を飲む…
「エミリー、何をしてるんだ。君を招待した覚えはない。帰ってくれないか」
俺はエミリーの腕を掴んで玄関に連れて行こうとした。
「痛い…離してよ!言いたいことがあるのよ、エリに!」
「それなら後で聞くから…約束するよ」
俺は苛立つ気持ちを抑えながらエミリーを宥めようとした。
でもエミリーはますます声を大きくして叫んだ。
「私がここにいることにあなた達はなにも言えないでしょ!」
エミリーの鋭い視線が俺と両親を射抜く。
わかってる…
それはジャックがエミリーにしたことに対してなのだろう。
黙ってしまった俺を押しのけてエミリーはエリの前に立った。
「エリ、あなたジャックだけじゃ足りなくてジェイムズまでも不幸にする気?それにジャックの子供までいるくせに、ジェイムズと婚約なんて。ジェイムズ!いい加減あなたも目を覚ましたらどう?皆、おかしいと思わないの?どうにかなっちゃたんじゃない?どうしてなのよ?エリ!あなたに会わなかったらジャックは…ジャックは今でも生きていた。死ぬことなんてなかったのよ…あなたなんか…あなたなんかに…」
バチッ!
音に驚いて顔を上げると、エミリーが頬を押さえて呆然としている。
その横には涙を溜めて手を握り締める母の姿が。
母さんが…エミリーを平手打ちした。
「黙って!あなたになにがわかるの?この2人が…私達がどんな思いをしてここまできたのか…あなたはなにも知らない…ジャックがあなたにしたことは本当に申し訳ないと思っているわ。そしてあなたがジャックを愛してくれたことに感謝してる。でも、あなたがこの2人にとやかく言うことは私が許さない。それに…今ここに居る人達の中で心から2人を祝福する気の無い人は帰って頂いて結構、結婚式に来て頂かなくてもいい」
母は体を震わせながら、でもはっきりと皆に向かって言った。
そんな母を親父は抱きしめる。
「私達はジャックを守れなかった。だから…2人は絶対に守る。私達の家族を傷つけようとするものは私と妻が許さない」
親父は母を俺に預け、エミリーの前に立ち、彼女の手を親父の大きな手で優しく包みこんだ。
「エミリー、ジャックが君に残した傷を私達は忘れたことはない。これからも忘れることは無いだろう。ジャックも私達も心から君に謝罪してきたと思っている。それでも君が許せないと言うのであれば、私達はもっと努力をするべきなのかもしれない。しかし…そのこととエリとジェイムズのことは関係ないはず。そしてこれだけは知っておいて欲しいんだ。ジャックはエリと会えて幸せだったはず…たとえ生きた時間が短かかったとしても、あの子は、あの子の魂はエリと出会ったことで救われたんだよ。私達はいつか君にもその日が訪れることを心から祈っているんだ」
エミリーの大きく見開かれた瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「私は、私は、ジャックが好きだった…う、うん。今でも…大好き。なのに…私は、私は…」
エミリーの声が嗚咽となって消えていく…
親父は震えながら泣き続けるエミリーを守るように抱きしめて言った。
「エミリー、ありがとう」
エミリーは親父に肩を抱えられながら玄関に歩き始めた。
でも立ち止まって振り向いた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
そして親父に頭を下げて一人で玄関から出て行った。
親父がジョシュアを見る。
ジョシュアは頷いて玄関から出て行った。
俺は、唇を噛みしめて泣くのを必死に堪えているエリの傍に寄った。
でもエリの顔を真っ直ぐ見れなかった…なぜなら…俺は、俺はエリを守れなかった。
エミリーの言葉に傷つけられているエリを救うことはできなかった。
自責の念に俺は今すぐにこの場所から出ていきたかった。
もう…パーティーは終わりだよ…母が俺達のためにしてくれた婚約パーティーは…
部屋の中の空気が重くて皆がそこから抜け出したいと思っていた…
「誕生日祝いの途中でしたね、続きをしましょうか…」
親父が皆に声をかける。
ハッとして皆がケーキのほうを向いた。
そして誰ともなく誕生日の歌を歌いだした。
その声はだんだん大きくなり、最後には皆で大合唱となった。
その後何事もなかったように親戚のおばさん達はカットされたケーキを受け取って、またもとの席に座って雑談をし始めた。
友達も俺とエリをからかいながらケーキを食べている。
エリは友達の下手なジョークに笑わされてさっきまでの辛そうな顔が少し和らいだような感じだ。
ごめんよ、エリ。俺はまだ君を守れるくらいの男になってないんだ…
でもいつか…親父のように愛する人を守れるようになるから。
ケーキもテーブルの上の料理も綺麗に無くなった頃にパーティーはお開きになった。
あんなことがあったのに何もなかったように皆俺達を抱擁して帰って行った。
そして誰もが帰り際に残して行った言葉…
"結婚式には喜んで参加させてもらうよ"
俺は皆の優しさに涙が出そうになるのを堪えて頷いた。
その日の夜、親父、ジョシュア、エリが部屋に戻った後、独りキッチンにいる母をみつけた。
「母さん、今日は俺とエリのためにいろいろありがとう。素敵なパーティーだったってエリも言ってたよ」
キッチンテーブルを布巾で拭いている母の傍による。
「みんなに楽しんでもらって良かったわ」
明るく答える母親の姿が心に痛い。
母さん、あんなことがあって傷ついているのに…
少しもそんな素振りを見せないで笑顔なんかつくって…
母さん、俺達のために…
「迷惑かけてごめんね…本当にごめんっ…」
俺の頬に涙が伝った。
「なに言ってるのよ、迷惑なんて他人行儀な言い方して、もう…あなたはいつもいい子だった。皆のために。小さい時からみんなに気を使って。私達に心配かけないようにって。いつも、いつも。私達はそんなあなたに甘えてしまった。お兄ちゃんだからって弟達のためにいろいろ我慢させてしまったわ」
「いいんだよ、母さん。俺は母さんのため、皆のためだったら辛くなんかなかったよ」
今まで母親との距離を置いてきた。
ジャックのことで頭がいっぱいの両親を自分のことで悩ませたくなかった。
それに…母親の、両親の悲しみを知っていたから。
ジャスティンの葬式にも行けずどんなに辛かったか。
その中で僕達を育ててくれた。
だから…いつも物分りのいい、両親が望む長男の役を演じてきた。
「でも…エリのことも。エリをジャックから取るななんて…酷いことを」
母さんは俺の頬に流れる涙を親指で拭った。
"ジャックには今彼女が必要だから、お兄ちゃんだったらわかって頂戴"
俺とジャックのエリへの気持ちに気づいた母さんが俺に言った言葉。
俺は…俺は…
ジャックのためなんだ、兄貴の俺が我慢さえすればいいことなんだ。そう自分に言い聞かせた。
でも…諦めようと思うほど思いは募って時々自分を抑えきれずその度に自己嫌悪になっていた。
「母さん…俺は…」
母さん…でも…エリは…どうしてもあきらめられなかった。
「ジェイムズ…エリのことはあなたの心の望むままにしなさい。誰もあなたやエリのことにとやかく言う資格は無いわ」
「でも…父さんや母さん、ジョシュア、皆に嫌な思いをさせてしまってる…俺のせいで」
「いいのよ、そんなことは。ジェイムズはエリと幸せになることだけを考えて」
母さんは俺を抱きしめて子供の頃によくしてくれたように、髪の毛をクシュクシュと撫でた。
「ほんとにあなたって子は小さい頃から全然変わらない。皆のことを一番に考えてくれる。これからはエリやジャックソンのこともあるんだから少しくらいワガママ言ったって大丈夫よ。ジェイムズはジェイムズらしく自分が思ったように生きて行ってね」
優しい瞳で俺を見つめる母さん…
「母さん…ありがとう」