Love story Afterwards -16 (James)
Afterwards -16(James)
「エリ…結婚式しよう」
そう囁いた俺を目を真ん丸にして見つめるエリ。
「そんなに驚かなくても…」
意外なリアクションにちょっとショック…そんな俺を見てエリは慌てて言った。
「だって…この前パーティーしたばっかりで、まだ婚約したんだっていう実感湧いてないし。それに結婚って…ジェイムズはまだ大学あるじゃない。勉強に専念してもらいたいよ。卒業してからでもいいんじゃないかなって私は思うけど…」
俺の腕の中でエリは瞬きもせずじっと見つめてくる。
「俺は大学もエリとのことも両立させていく自信はあるよ。結婚が勉強の妨げになることは無いね。むしろ俺にエネルギーを与えてくれると思える。エリやジャックソンがいてくれたらなんでもできるって。それに…結婚してちゃんと2人を守れるようになりたいんだ」
エリはやっと目を細めて甘えるように指で俺のシャツのボタンと遊んでいる。
「私はいつもジェイムズに守られてるって感じてるよ。ジェイムズが大事にしてくれるって思えるからすごく幸せだもの」
恥ずかしそうに首をかしげるエリをきつく抱きしめる。
「俺は…もし…俺になにかあったら2人には法律的になにもできない、だから…できる限り早く式をしたいんだ。急で日本のエリの家族には無理を言ってしまうことになるけど、それでも皆には来てもらいたい。俺の我儘だってことはわかってる。でも…今、エリと一緒になりたいんだ」
自分でも驚くぐらいはっきりと気持ちをエリにぶつけた。
もう自分の気持ちを隠さなくてもいいから…
「ジェイムズ…ありがとう。ジェイムズの気持ち…とっても嬉しいよ。私も結婚式したい。大丈夫だよ、きっとみんな来てくれるって」
「エリ…。よし、そうと決めたら皆に報告かな。早いほうがいい。行こう、親父と母さんはまだ起きてると思う。さあ…」
「えっ、もう2人とも休んでるよ。まずくない?」
俺は躊躇しているエリの手を掴んで両親の寝室へ向かった。
「あの…まだ起きてるかな?ちょっと話があるんだ」
ドアをノックして声をかける。
中から親父の声で入ってくるようにと…緊張しながらドアを開けた。
俺の後に入ってきたエリの手を握り締め2人の前に立つ。
「どうしたの、二人揃って。それになにかすごく神妙な顔して…ね、あなた。」
母さんが親父に微笑んで言った。
「2人に報告というか、協力依頼というか、俺達…結婚式をしたいと思っているんだ。それもできるだけ早くに。また2人に迷惑をかけてしまうことは解ってる。でも今式をあげたい。だから…」
両親は満面の笑みを浮かべている。驚いて反対されるかと思っていたのに。
「私たちは賛成だよ。2人が今だって思うのであればそうしたらいい。でも日本のエリのご家族はどうだろうか。式はこちらですることになるのかな?そうだったら来て頂けるように極力努力しないとね」
親父は母さんの肩を抱いて言った。
「こんなに早くジェイムズとエリの結婚式ができるなんて、嬉しくてもう今晩は眠れそうにないわ。エリ、なんでも言って頂戴ね。これから式に関することでいろいろ大変だと思うから」
2人の喜ぶ顔を見てホっとすると同時に両親の愛を感じて胸があつくなった。
「それでは今晩はこれで休ませてもらうよ。エリ、日本のご家族によろしくね」
親父はそう言って部屋のドアを閉めた。
2人の寝室を後にして次はジョシュアの部屋へ。
ジョシュアはいつもの通り飄々とそれはよかったと言った。
でも心から祝福してくれているのがわかる…
後は日本のエリの家族か…
まずはリョウあてにメールを出した。そして程なくして返事が来た。
2人の結婚式にできる限り皆で出席したいので、日にち等の調整をよろしく頼むとのことだった。
また動き出した、俺とエリ。
式に向けてこれから忙しくなる…でも俺はエリに言ったように両立させて見せる。
式のことも、大学のことも。
だって、俺にはエリがいるから。
ちょっと張り切り過ぎたか…
大木を持ち上げようとした時に腕の筋を痛めてしまったようだ。
ウェディングはうちの庭で行うことにしたのでそのために庭の整備をしていた。
急なこともあって希望の場所が取れないこともあったけど、思い出のあるこの場所でできたらとエリが言った。
大型テントを張れば天気を気にしなくてもいいし。
気取った雰囲気の場所より慣れ親しんだこの家での式が俺とエリの望む形。
しかし…痛めたのが利き腕なのでなにかと不便で困る。
なにをするにもエリの助けが必要だ。
着替えをするにも手を貸して貰わないとシャツすら着ることができないのだから。
「あっ、ジェイムズ、ここまだ濡れてる…」
手が届かなかった背中に残った水滴をエリがタオルで拭いてくれる。
「これで大丈夫かな、じゃあここに着替え置くね」
そう言ってエリは部屋を出て行った。
「これか…」
ベッドに腰をかけてエリが置いていったパジャマを手に取る。これだったら独りでも着れるか…
パジャマとちょっと格闘後無事体にまとう。
着替えの時はいつも少し頬を赤く染めて俺と顔を合わせないようにするエリ。
なるべく俺を見ないようにしてるようで着替えが終わるとすぐに行ってしまう。
俺とエリはまだ…2人の間にキス以上の関係は無い。
なんとなくエリが避けているように感じる。婚約してもうすぐ結婚式を挙げるというのに。
エリの俺への愛を疑ってる訳じゃない。俺はエリから愛されているってわかってる。
言葉で聞いたことは無いけど態度からそれは十分伝わってくる。
でも…心も体も欲しいと願うのは俺の我儘なのか…
ベッドに横になって天井を見つめる。
"コン、コン"
「ジェイムズ、まだ起きてる?」
エリだ、なんだろう…
俺の部屋には夜あまり来ようとしないのに。
「あっ、まだ起きてるよ、入って」
少しだけドアが開いた。
エリはその向こう側にいて入って来ようとしない。
「なんだよ、そんなとこに立ってて。なにか用事があるんだよね」
エリの手を取って部屋の中に入れてドアを閉めた。
エリは小さな吐息をこぼした。
「これ、お母さんから。結婚式の招待状とケータリングのカタログ…2人で候補を考えてみてって」
エリからカタログを受け取ってベッドに座った。
エリも隣に座ったけどちょっとだけ置かれた距離に複雑な気持ちになる。
なにをそんなに気にしてるのだろうか…
俺はまずケータリングのカタログを広げた。
「うーん、どれも美味しそうだね。選ぶの難しいよなぁ…ね、エリ」
体を寄せてカタログを覗き込むエリの顔にいつもの笑顔が広がる。
「やっぱりエリは食いしん坊だな…食べ物を見てる時の顔は生き生きとしてるよ」
「えーっ、それってちょっと傷つくよーもう」
エリは頬を膨らませて俺を睨む。
そのいつものエリがもっと見たくて言葉を続けた。
「招待状よりも食べ物のカタログのほうが先に見たいんじゃないかって思ったらやっぱりそうだよな。そういうことでメニューはエリに任せるよ。食べ物の恨みはコワイっていうからね…ハハハ」
ちょっと調子に乗ってお腹を叩く仕草をする俺の腕を掴み、エリはますます頬が膨らんだ顔を寄せた。
「私そんなに食いしん坊じゃないもん、でも…こっちに来てちょっと食べ過ぎちゃってるかなって気にしてる…太ったって思ってるでしょ、ジェイムズ。だからそういうイジワル言うんでしょ」
怒った顔が今度は泣き顔に変わる。
ヤバイ、やり過ぎてしまった。慌てて泣きそうになっているエリの肩を抱いた。
「ごめん、ふざけすぎたようだ。俺はエリが太ったからとかそういうことで言ったんじゃなくて、ただ…」
「ただって…やっぱりジェイムズは私が太ったとは思ってるんだ…ひどい…」
違うよ、どうしてこうなるんだよ。
泣き出してしまったエリを両腕で抱きしめた。
利き腕のほうは痛みで力が入らなかったけど、それでもそうせずにはいられなかった。
俺はエリを愛したいんだ。傷つけてどうする。
「エリ…ごめんよ。俺が言いたかったことはそういうことじゃなくて…」
うまく言葉が紡げず思わずエリを抱きしめる腕に力が入る…
「エリ…愛してる…君の全てが…欲しいよ…」
「待って、ジェイムズ…私は…」
俺の言葉を遮ってエリは部屋から出て行ってしまった。
私もじゃなくて、私は…か。
エリがわからなくなってしまった。
エリに触れられるたびに欲しくて気が狂いそうだ。頭と体のバランスが取れず悩む。
あれから俺とエリの間にはギクシャクとした雰囲気があったんだろうな…
両親から週末2人で旅行にでも行ってきたらどうだと言われた。
旅行か…今まで2人だけで過ごす時間なんてあまりなかった。
結婚前にエリとゆっくり過ごせる時間があってもいいのかもしれない。
そう思ってエリに聞いてみた。
エリは少し考えていたようだけど行くと言ってくれた。
結婚前の恋人同士としての旅行もこれで最後になるかもしれないのだからって母さんが言った。
次は夫婦としての新婚旅行になるかもってことだよな…
さっそく両親が時々行っているロッジを予約する。
ここはロッジの数がすくないので滞在中ほとんど人と顔を合わすことが無い。
2人だけでのんびりするには最適の場所だ。
俺は週末が来るのを楽しみに待った。
当日、ジャックソンを両親に頼んで旅行に出発。
頼もしいものでジャックソンは笑って手を振っていた。
俺達を信頼してくれているのか、それかたんにおじいちゃん、おばあちゃんっ子なのか。
まずは帰るまではいい子でいてくれよな、ジャックソン。
車の中でエリは窓からの景色を眺めてばかりだ。
言葉数も少なく実は旅行は嫌だったのかもしれない…
俺が話しかけてもただ頷くだけだから、ロッジまで道のりが長く感じられた。
窮屈な空気に苦しくなってきた頃ロッジに到着した。
小さなフロントでチェックインを済ませ鍵を受け取る。
俺達のロッジは一番奥、すっかり積もっている狭い雪道を車で進む。
途中見えたロッジの煙突からは暖かそうな雲が流れていた。
そうだ、部屋に入ったら一番最初に暖炉に火をつけて部屋を暖めないと。
エリは寒がりだから。
パチ、パチと燃えている暖炉の火。
静かに…暖かく…
その前にエリと2人で座っている。
外は雪が降り出した。
真っ白な静寂の世界。
ここにいるとこの世の中に二人だけって思えてくる…
ただ暖かく燃える炎を見つめるだけど、ずっとこうしていられる。
時が止まってしまったかのように…そこにエリと2人だけ。
「うん?…」
俺の視線に気付いてエリがこっちを見た。
「いや…」
さっきまで寒いって言っていたエリの頬…唇が炎の熱でピンク色に染まっている。
エリ…こんなに傍にいる君を俺の腕の中で赤く染め上げたい…
暖炉の炎でなんかじゃなくて…
抑えきれない欲情が体全体を支配し始める。
そっと伸ばした両手でエリの頬に触れる。
愛しくて、愛しくてしょうがないんだ。
「エリ…」
腕を回してエリの体を引き寄せた。
体を強ばらせて俯くエリに心が揺れる。
このまま、またエリは俺の腕の中からすり抜けて行ってしまうのか。
下を向いたエリの顔に手を添えて自分の方へ向かせる。
こちらを向いたエリの顔を見つめているうちに俺の中のなにかが弾けた。
欲しいんだ…
暖炉の炎で熱を持ったエリの唇を奪う。
エリの首の後ろに回した手に力が入る。
息をするのを忘れるくらいの激しさでエリの唇を…口腔を貪る。
辛そうに首を振って俺から離れようとするエリ。
そんなエリを俺は強く押さえ付けた。
「ジェイムズ…私…まだ…駄目…やめて…お願い…」
"やめて…" か
その拒絶の言葉が心に突き刺さった。
エリを押さえていた腕から力が抜けていく…
2人とも肩で息をしながら…やっぱり俺じゃ…駄目なのかな…エリ。
「ごめんよ…」
横で泣いているエリの顔を見ずに言った。
エリは自分の体を抱きしめるようにして震えている。
ごめん…本当にごめん、エリ。
「エリ、君はジャックをまだ忘れられないから…だから…わかってるよ。俺は待つよ、エリが俺を求めてくれるまで…ごめん…こんなことして…」
俺は辛くてエリに背を向けた。
俺を思ってくれるエリの気持ちはわかってる。
でも心も体も欲しいんだ。気の遠くなるくらい待ち焦がれたエリがすぐ傍にいるのに…こんなに愛してるエリの体が隣にあるのに触れられない…苦しくて、もうどうやってこの気持ちを我慢したらいいんだかわからないよ。
涙が出てきてしまった。
………
エリ?
俺の背中に抱きついてきたエリ。
その細い腕のどこにそんな力があるのかと思うくらい強く俺にすがって言った。
「ジェイムズ、ごめんなさい…私も、私もジェイムズの全てが欲しい。ジェイムズと愛し合いたい。ジェイムズに抱きしめられる度に自分を抑えられなくなりそうで苦しかった。このまま私を奪って…何度も何度も心の中で叫んだわ…でも…でも、もしジェイムズになにかあったら…エミリーが言ったように…ジャックも蒼も私と会わなかったら…あんなことにならなかった、死ななくて済んだのよ…私になんか関わらないほうがいいのよ、ジェイムズ。私、ジェイムズになにかあったら…生きていけない…だから…婚約なんて解消したほうが…ぅっ…」
エリ…そのことを気にしていたのか…どうして気づいてあげれなかったんだ…俺は自分のことばっかり考えて…ごめん…
泣きじゃくるエリを抱きしめた。
「エリ、君がこんなにも苦しんでいたのに気づくことができなくてごめん…愛してるなんて言ってこれだ…本当にごめん…エリ…」
涙が止まらない…エリは独りでこんなに苦しい思いをしていたんだ…
「ジェイムズ、泣かないで…私も笑顔のジェイムズが大好きだから…」
「エリ…俺はずっとエリの傍にいるよ…どこにも行かないよ…心配しないで…。エリに会えてよかった…エリを知らない人生なんて俺には考えられないよ。エリ、君と一緒にいられないくらいだったらいっそ…」
エリの瞳の中に俺が映る…
「エリ、俺のこと…」
エリの唇が優しく開いた…
「ジェイムズ…私…あなたを愛しています」
俺が、ずっとずっと待っていた言葉。そして、俺を受け入れてくれるという証…
エリ…これは夢じゃないんだね。
本当に君に触れてもいいのかい、君の心も体も愛していいんだね。
神様…夢だったら覚めずにいさせて下さい…永遠に…
ブランケットを敷いた床にエリを横たえてその上に自分の体を重ねた。
すぐそこにあるエリの唇にそっと触れる。
ふれ合うだけで電気を流されたように体中が震え、息が苦しくなる。
感情と衝動に流されそうになるのを必死に堪える。
じゃなかったらエリを壊してしまうかもしれない。
エリの細い首筋に唇を這わす。
思わずエリのその柔らかい肌を強く吸ってしまった。
うっすらとエリの首筋に浮き上がる赤い印…
俺のエリ、もう離さない。
俺は命のある限りエリを愛していく…