JET LAG Summer Paradise (第2話 /3)
Summer Paradise ( 第2話 / 3 )
やっぱり眠れなかったー。
荷物を整理したりパソコンでメールをチェックしてたら朝になっていた。
やっと眠くなってきて、ちょっとのつもりでベッドに横になったのがまずかったかな。
目が覚めたのはお昼過ぎ。
しっかり寝ちゃったよー…
でもまだ頭がボーっとしてる…恐るべし、時差ボケ。
これからどうしようかなぁ…体もだるくてやる気が出ないよー。
だけどホテルの部屋で寝て過ごすなんてもったいないし。
今日の予定だった観光をやめてのんびり買い物でもするのもいいかな…
だめだめ、ここでがんばらないとずーっとこんな調子になっちゃうよ。
体内時計がグルグル回転して言うこと聞かない体にムチを打ちながら、今日の観光予定のバンクーバー水族館にやってきた。
ここは大昔に日本のドラマのロケで使われたところよね。
前に再々放送で見たような…
ここドラマの中で見たことある…なんて思いながら館の中を見て回る。
だんだん重くなってきてる足をただ前へ前へと進めながら展示物を眺めるだけになってきた。
うーん…やっぱりまだ眠いな。
そんな中で綺麗な魚を見つけて近くに寄る。
でも…水槽のガラスに顔面をつけたまま寝そうになって隣の子供の視線を感じてドキッ。
こんなんじゃ半分も記憶に残ってないのかもしれない…
頭をブンブン振って気合を入れる。
せっかく海を渡って来たんだからちゃんと観光しないと!
カメラを見ると昨日からなにも撮ってない。
帰ってから友達に説明するためにもなんか撮っておかないと…
それから何枚か白イルカのところで記念撮影をする。
やっとこれで後で見せれる写真が撮れたかな。
次はおみやげだー、ギフトショップに到着して目が冴えてきた。
シャチのネックレスを見つけた。
これがいいかな…カナダっぽいし。
それに水族館の前にあるシャチの像にも似てる。
どうしようか迷ってた時に背後から声がした。
「それ、かわいいよ。君に似合うと思う」
この声…マジ?!
振り向くとそこには昨日のイミグレ男が。
この人ストーカー?ヤバくない?
私がかなり嫌な顔をしたようで、ストーカー?君はさすがにマジメな顔をして言った。
「偶然だよ。好きでよく来るんだよ、休みの日には。魚を見てると心が休まるって言うか。仕事柄こういうとこに来てバランスを取ってるって言うか…」
なんか弁解してるって感じー。
「ハイハイ、わかりました。でも…私とはなんの関係もありませんので。それではよい休日をお過ごし下さい…お魚さんと」
「あっ…待ってよ…」
立ち去ろうとする私の腕を掴んで男は言った。
「わかった、わかった。本当のことを言うから。だから少しだけでいいから付き合ってくれないか」
そんなお願いの目をして見られたって‥わけわかんないよ。
「そんなこと言ってホントはやっぱり私を監視してるんですか?」
「違うって…これはマジで個人的なことで…俺はただ…君に…」
かなり慌ててる様子が可笑しくて…
これで空港でのお返しが出来たかな…なんてイジワルなことを思っちゃった。
苛めた分ちょっとだけなら話を聞いてあげよう。
「じゃあ、ちょっとだけ。公園を歩きながらでいいですか。この後、行きたい所があるので」
ウンと頷いた彼と一緒に水族館を出た。
市民の憩いの場所で観光名所でもあるこの公園はとっても広くて、いろいろな施設が充実していてすごいなって思う。
バンクーバーという大都会のすぐ隣にこんな大自然たっぷりの公園があるなんて、カナダの人って超ラッキーだと思った。
まあ…ニュージーランドも自然はたっぷりだけどね。
観光客や地元の人達に混ざってのんびり公園の中を歩いてると、思わずここに2人でいるワケを忘れそう…
「あの…ホントのことってなんですか?」
なにも言わず黙って歩いてる隣の人に話しかけた。
「そ、それはね…昨日、カフェで君に失礼なことをしてしまったから謝りたかったんだ」
昨日のこと?カフェで…?
「あんまりいいアプローチの仕方じゃなかったと思ってさ。あれじゃ、君に不信感を持たれても仕方無い。だから…今日は…。俺はピーター…覚えてはないか…。空港でネームプレート着けてたんだけどな…まあ、それはいいとして。でも…俺は覚えてるよ、君の名前。アヤさんだったよね」
あんなことがあったんだもの…覚えてなかったよー、ピーターさんって言うんだ。
でも…私の名前…ちゃんと覚えてたって、職業上そういうの得意なのかもしれない。
「でも、どうして私がここにいるってわかったんですか?」
「カフェで水族館のパンフレット見てたよね。それに観光客は最初に水族館とこの公園に来ることが多いんだ。だから…君が居てくれたらいいって思って来てみたんだ」
「ラッキーでしたね。私…ダウンタウンで買い物でもしようかと思ったんですよ、今日は」
「それはラッキーだったな。よかったら案内するよ、街のほう」
あれれ…ちょっとだけのハズでしょ。
「なにか期待してるんでしたら時間の無駄ですよ。私はそういう気、ありませんから」
こういうのは最初が肝心!バシッと言ってやらないとね。
「ハッキリ言うね」
感心したような顔をするピーターに駄目押しをする。
「ハイ。だてに海外に住んでませんから」
私は、どうだと言う顔でピーターの目を真っ直ぐ見つめた。
「じゃあ、俺もハッキリ言わせてもらう」
おっ…なんだ…この展開は。
「どうぞ」
なにを言われるのかと、ちょっと緊張する。
「空港で初めて君を見た時、…面白い子だって思った。あの笑いの意味を聞いて話をしてみたいって思ったんだ」
はーっ?!まだそのコト…もう私の記憶には無いんです。
「もう…それは忘れてください。第一、私にはどうでもいいんです。全ては友達のせいなんですから…話すんだったら友達のほうですよ、私じゃなくって」
顔が赤くなる…
なんでこんな話題をカナダ人の男の人としなくちゃいけないのよー。
「あの…質問です。ピーターさんが知ってるってことはあそこにいた皆さんが知ってるってことですよね」
お願い…ノーって言って。
「そういうことになるかなぁ…」
やっぱり…ね。
もう…帰りは変装して空港に行かないと。
「でも初めてだよ、あんなこと聞いたの。この仕事してると、とんでも無いことが毎日起こるんだけどさ。君のケースにはいい意味で笑わせてもらったって言うかさ。俺達あの日1日気分がよかったよ」
もう…だからそれは私が言ったんじゃなくって。
それに…昼間の公園でする話題じゃないと思うんですが…
「話がそれたけど…君とまた会って話がしてみたいって思ったんだ」
私のこと日本の珍獣かなんかと勘違いしてるんじゃあ!
「それだったら、今お話してますから。もう十分ですよね…」
「ガードが固いなあ」
な、なにを言うか…。
私との会話を楽しんでるのか、笑ってるのよ…この人。
「あの…私、あさってからツアーに出るので」
「あっ、そうだったよね。コンチキ?」
また…そんなことまで覚えてる。
「ハイ。だからもうお会いできませんので」
「わかったよ。ツアー楽しんできてよ。ただ気をつけて‥君は面白いから…」
面白いから…それってどう意味よー!
ぷっとふくれた私を見てますます面白いって顔なんかして。
ピーター、あなたねぇーその言いたい放題、なんとかしてよ。
イミグレのオフィサーじゃなかったら、またまた鉄拳一発ってとこなのに。
そんな私にお構いなしで止めの一発が…
「でもいい機会じゃないか、友達のセオリーを検証するには。ハハハ」
うーっ、負けた。
「もう…止めてください。私はただ普通にカナダ観光をしに来たんです。
これからツアーで綺麗なカナダの景色を見るのが楽しみなんですから…」
「ごめん、ごめん。ちょっと調子に乗っちゃったかな。君と話をしてるのが楽しすぎてさ。じゃあ…気をつけて」
「ハイ。気をつけて行ってきます」
ピーターにヒラヒラと手を振りながら公園を後にした。
この脱力感はなに…。
もう今日はホテルに帰って寝よう。
明日には明日の風が吹くー。
いくらなんでもツアー中にはよくなるよね…時差ボケ。
それにしても…真夏なのに風は結構冷たい。
夏物しか持って来なかった…
大丈夫かな…ツアー中。
2週間のツアーが終わってバンクーバーに戻って来た。
出発前にあった時差ボケも解消して本来の元気な私に戻った感じ。
しかし…まあいろいろ楽しかった。
綺麗な景色や野生動物を見たり…それに同行者の生態観察まで。
やっぱり人間が一番見てて面白いってことになるのかな。
私のルーミーだったオージーの女の子はツアーで見つけた男の子と仲良くなって、毎晩その子を部屋に連れ込んじゃうもんだからその度に私は寝たフリをして…。
もう…他所でやってくれー!5日目に思わず叫んでしまった。
その後はおとなしく1人で寝てくれたけど。
まったく…節度ってのは無いんでしょうか。
気がつくと皆カップルになっちゃってて、バスの中で仲良くしてるんだもん。
ドイツ人の男の子とオランダ人の女の子のカップルは、お互い国に恋人が居るのを承知でツアー中仲良くしてたし。
割り切り方が凄いなぁ…私には無理だけど。
2週間同じバスに揺られて最後のほうにはお互い数々の醜態をさらけ出し、人生でもう2度と会うことが無いように祈ってお別れをする…そんな感じかな。
偉そうにこんなことを言ってる私だって、旅行中人には言えないことが…。
うーん、忘れましょう。皆とはもう会うことは無いでしょうから。
しかし…
あのことが頭から離れなかった…
そう、友達が言ったこと!そのせいで…
カルガリーでロデオのお祭りに来ていたデカイ男の人達に囲まれて赤面したり。
カッコ良過ぎるバーのセキュリティのお兄さん達の下半身に自然と目が行ってしまったり。
もう…こんな私にしたのは誰よー。
でも…マジでカッコ良かった…バーのお兄さん達。
酔っ払いの巨人を牛をねじ伏せるみたいにして簡単にお店からつまみだしちゃうんだもん。
ニュージーランドに帰ったら皆にお兄さん達の写真見せてあげよー。
………
でも…あっという間だったかな。
今、のんびり本屋さんで本を見て回ってる。
カナダ滞在残りあと一週間。
ツアーが忙しかったから残りはのんびり、まったりと過ごそう。
クッキングのコーナーでかわいいカップケーキの本をみつけた。
こういうの無いかも…買って帰ろうかな。
手に取って中身をペラペラとめくる。
「料理するの?」
まさか…この声は。
またまた振り向くとあのピーターが。
「マジですかー。もう…やめてくださいよー!」
「今日は本当に偶然だよ!誓うって!」
また大慌てのピーターは身振り手振りで身の潔白を証明しようとしてる。
ちょっと可愛いかも。
「わかってます。じゃなかったらイミグレに連絡しますから」
2人で笑う。
「ところで、ツアーどうだった?」
立ち直りの超早いピーターが興味深深の顔で聞いてくる。
「楽しかったですよ」
「話聞きたいな…今日はこれからどうするの?ご飯食べてなかったら一緒にどうかな」
ご飯って言われて急にお腹が空いてきたみたい‥なにか美味しいものが食べたいな。
でも…簡単にハイって言うのが嫌で、俯いて少し考えるフリをする。
そんな私を子犬のような瞳で見つめるピーター。
「それじゃ…素敵な所に連れて行ってくれますか?」
「もちろんだよ。うれしいなぁ、じゃあ…ちょっと待ってね」
ピーターは携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
レストランに予約を入れてる様子。
電話を終えたピーターに声をかけた。
「ありがとう…予約してくれたんだ。どこに行くのかな…」
チラッと私の顔を見て悪戯っぽい顔をしたピーターが言った。
「それは着いてのお楽しみさ」
お店のウインドーに映る並んで歩く2人の姿を見て、ちょっとだけ胸がキュンとする。
知らない街を男の人と2人で歩いてるなんて…
これってホントに私なのかな…
他の人の目にはどう映るんだろう。
仲の良い友達…恋人同士…
「イタッ…」
そんなことを考えて歩いていたら躓いてしまい、思わず横にいたピーターの腕にしがみ付いた。
「大丈夫?足挫かなかった?」
心配そうに私の顔を覗き込むピーターの茶色の瞳に吸い込まれてしまいそう。
近い…近すぎるよ。
ピーターの長い睫毛の一本、一本まで見えそうな距離なんだもん。
「ダ…ダイジョーブー」
もうやだよー、きっと赤面してる。
なんでこんなに意識してるのよ…
ただ一緒にご飯食べるだけなんだから…
隣を歩くピーターの横顔をそっと見つめた。
そうだよね、それ以上特別の気持ちなんて無いって…
連れてきてくれたのは回転展望レストラン。
すごーい…1人だったら絶対に来れないようなとこ。
お店は結構カップルでうまってる。
席に案内されてもっとびっくり。
「うわーっ、綺麗」
大きな窓の向こう側に見える景色に見惚れてしまう。
「気に入ってもらえたかな?」
「はい…」
ウエイトレスのお姉さんがメニューを置いて行っても、
私は景色から目が離せず顔をくっつけるようにして外を眺めていた。
「そんなに喜んでくれるなんて、ここを選んだかいがあったよ。料理もおいしいよ、ほらっメニュー。俺っ、かなりお腹空いてるから」
真剣にメニューを見つめるピーターがちょっと可愛く見えたりして。
ホントお腹空いてるのね。
私はこのシチュエーションに戸惑ってるって言うか…
なんか…胸がいっぱいになっちゃってメニューが目に入らないよー。
さっきまではおいしい物食べたいって思ってたのにね。
「決まった?」
その声にハッとして顔を上げた私にピーターは言った。
「チョイス多くて迷うよね。これはどうかな、サーモンのグリル。せっかくだから食べてみてよ」
ピーターが指を差す所を見てみた。
付け合せに温野菜がついてるけどあんまり量も多くなさそうかな。
これなら残さずにちゃんと食べれそうかも。
「じゃあ、私これにします。現地の人のお勧めだものね、間違いないでしょ」
ウンと頷いたピーターはウエイトレスのお姉さんに注文を済ませて、体を少し乗り出しテーブルに肘をついて私を見た。
「さて…ツアー中ちゃんと大人しくしてたのかな?それとも…」
意味ありげにじっと私を見つめるピーターに尋問でもされてるかのようで緊張してくるじゃないのー。
「な…なんですか。それって、私がツアー中なにをしようと自由ですよね‥たとえ酔っ払ってバーで踊りまくったって」
「えー、そんなことしたんだー。じゃあ、十分楽しんできたんだね」
「ち、ちがいますー。例えばってことですよー。もう…」
焦って言葉が出てこなくなる私を見てピーターはクスクス笑った。
「ほんと、君は面白いよな。見てるだけで楽しくなる」
ちょっと、それって褒めてない…
もしかして…私、ピーターにいじられてる?
どうしてカナダまで来てそうなるのよー!
なにかピーターに言い返そうと思った時、先に注文してあった飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、カンパイしょうか。ではアヤの旅行の無事に」
「ハハハ…ありがとうございます。カンパイ」
ピーターのグラスに入ったビールがあっという間に無くなっていく。
「あーっ、喉も乾いてたんだ。これで話ができるよ」
話ができるって今まで十分話してたと思うんだけどなあ。
ピーターはウエイトレスのお姉さんにビールの追加を頼んだ。
「さてと…旅行中友達とかできたのかな?やっぱ、皆仲良くなるんだろうから。それで…」
なにか言いだしたそうなピーターの前にお料理が運ばれてきて話が中断した。
ふーっ、さすがのピーターも食事中は黙ってる。
私も目の前に置かれたサーモンを頂く。
本場だものね、やっぱりおいしい。
食べきれるかどうかは心配無用だった。
お皿はすっかり空っぽ…胸がいっぱーい…なんてなんだったのか。
お料理に満足して窓の外を見つめる。
やっと暗くなってきて夜景が綺麗に見え始めた。
バンクーバーの街の灯り…とっても素敵だな…
なんかあたたかいって言うか…ホッとするって言うか。
すごくいいなって思う。
なんだかんだ言ってもこんな素敵なものを見せてくれたピーターに感謝しなきゃ。
「ねえ…アヤ。聞いてもいいかな?」
また質問?…でも、感謝の気持ちは態度で示さないとね。
「ハイ、なんでしょう」
ピーターは空のグラスを手でもち遊びながら言いづらそうにモジモジしてる。
「はっきり言ってくださいよー、なんか調子狂うじゃないですか」
窓の方に顔を向けたままのピーターから呟くような声が聞こえた。
「あの件、検証できたのかなって思って」
あー、あのこと!まだ覚えてたのー。
「もう…そんなことする訳ないでしょう!でも…どうしてそんなに気になるんですか?」
「やっぱり気になるよ。それはこの国を代表する男として…」
ふーん、そんなものなのかなぁ。
私がイミグレで大爆笑してしまったワケ…
会社のニュージーランド人の友達の一言…
"今までのボーイフレンドの中でカナダの子が1番大きかった"
はーっ?そこにいた子達が一瞬固まった。
ガイドの仕事の合間にオフィスで雑談をしていた時だった。
オフィスで働く友達の子から爆弾発言が飛び出したのは。
よく話を聞いてみると今まで付き合った男の子達、ニュージーランド人、オーストラリア人、イギリス人、アメリカ人、カナダ人、そして日本人の中で1番立派なモノを持っていたのがカナダ人だったと言うのだ。
私がカナダに遊びに行くっていうのを聞いて教えてくれたみたい。
でも他の子から物言いが入って、カナダに行く私が事実かどうか確かめてくるのが1番だということになった。
でも…なんで私がそんなことを確かめなくちゃいけないのよー。
それもどうやって?!
私が困惑してると1人の子が言った。
"誰も寝て確かめて来いなんて言って無いわよ"
じゃあー、どうするのよー!
"理由を話して見せてもらったら?"
さらっと他の子が言った。
もう付き合いきれない!
これがオフィスでする会話なのかい!
私をからかって楽しんでる皆の顔を見ながら言った。
"おみやげなんか買ってきてあげないんだから…"
"まあ、そう拗ねないでよ。ただ楽しんできてねっていう意味なんだからさ"
"そうそう" とそこに居た皆が頷いた。
ハイハイ、そういうことにしておきましょう。
でもかなり期待されてるって感じもあるよー。
爆弾発言をした彼女が話を続けた。
"ちなみに‥日本人の男の子はね…"
もう十分…私は耳を塞いだ。
皆がうわぁーって声を上げたので、またなにかとんでもないことを彼女が言ったんだろうけど。
その日はその話題で盛り上がりっぱなしで、オフィスに来たガイドの男の子達が居づらそうにしてた。
仕事の準備もできて帰ろうとした私の耳元でことの張本人が囁いた。
"本当に大きかったよ"
もう…このせいで空港に着いた時、イミグレのイケメンお兄さんを見て思い出してしまったのよー。
カナダ人の男の人=大きい、カナダ人の男の人=イミグレのイケメンお兄さん、大きい=お兄さん…
こんなことを到着早々空港のイミグレの別室で説明する羽目になった私の身にもなれってもんだ。
「もうその件については終わりにしましょう。友達が言ったようにカナダが一番ってことでいいじゃないですか。それに雑誌で読んだことがあるんですけど、カナダ人の男の人は満足度ナンバー1って…」
まずい…口が滑ってしまった。
「えっ、それってなんの満足度?」
もう…どうしてこうなっちゃうのよー。
「ちょ、ちょっとレディースルームに行ってきまーす」
目を輝かせるピーターをかわすために席を立った。
トイレの鏡の前で溜息をつく。
「あーぁ。これも汚れた友達のせいだー」
いつも聞かされてることが凄すぎるから、こういうことがポロっと口から出ちゃう。
でも…だめだめ、人のせいにしちゃ…
自分の緊張感の無さを反省する。
さっ、席に戻って、ピーターにちゃんとお礼を言ってホテルに帰ろう。
夜遅くなってきたものね。
席に戻るとテーブルの上は綺麗に片付けられていて、ピーターが手持ち無沙汰で腕時計をいじっていた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「いいんだよ、それより出ようか」
レジの方へ歩いて行くピーターの後に続いた。
あれっ、レジの前を通り過ぎてレストランを出ちゃった。
「あの…私の分の支払いは…」
ピーターはそう言った私にウインクして歩き続ける。
いいのかなぁ…結構高かったのに。
レストランの入ったビルから出ると、外の冷たい空気が頬に当たって気持ちがよかった。
「ありがとうございました。素敵な夜景を見せてもらって、その上ご馳走にまでなって」
「俺が誘ったんだからいいんだよ。それより‥まだ時間あるかな。
案内したい所があるんだ、きっとアヤは喜んでくれるはずだから」
どうしよう…この後ホテルに帰ろうと思ったんだけどな。
案内したい所があるって…私が喜ぶところ…って。
いつもの私だったら断って帰るだろうけど、今晩の私は違った。
次にピーターが案内してくれるとこがどんな所なのか見てみたかった。
「私が喜ぶところですよね、期待しちゃいますよ」
ピーターは自信たっぷりに微笑んだ。
それは本当だった…
対岸から見渡すダウンタウンの夜景。
ウォーターフロント駅からシーバスに乗ってノースバンクーバーへ。
ここから見える景色は展望レストランからのものとはまた違っていて、私はその街や港の輝きにすっかり心を奪われてしまった。
綺麗だよー、これが見れてほんとに幸せ…
でも…1人だったら夜にボートに乗ってここに来ることもなかったはず。
隣にいるピーターの横顔をじっと見つめる。
ちゃんとお礼言わないとね…こんな素敵な所に連れてきてくれたこの人に。
私の視線に気付いたのか、ピーターがこちらを向いて言った。
「寒くないかい。夏だけど結構風は冷たいと思う」
「大丈夫です。これ、こっちで買ったんだけど結構あたたかいから」
「こっちで?」
「はい。夏物しか持って来なかったのでツアーに出る前に…でも買っておいてよかった。かなり重宝しました」
そうかって言うように頷いてピーターはまた対岸の街の灯りに視線を戻した。
「ピーター、今日は素敵な所に連れてきてくれて本当にありがとう。1人だったらとってもできなかったもの…それも貴重なお休みの日に」
「こっちこそ、ありがとう。楽しかったよ。…残念だけどもう行かないとね。ダウンタウン行きの最終がもうすぐだからさ」
もう最終…そんなに時間が経ってたんだ、2人で佇んでいただけなのに。
「さあ、行こうか」
ホテルの部屋に戻ってベッドに体を投げ出す。
あーっ、疲れた。
でも…嬉しい疲労感って言うか。
今日は…ピーターのおかげで楽しかった。
回転展望レストラン、ノースバンクーバーからの夜景はキラキラ輝いていた。
それは…彼が…一緒だったから?!
キャー恥ずかしい…
そんな風に思ってしまった自分に戸惑いながら…
でも…ちょっとうれしくて…
ホテルのロビーまで送ってもらった。
別れ際にピーターがキスをした頬にそっと触れてみる。
"また逢いたい…明日、仕事が終わったら迎えにくるよ"
また逢いたいか…それってどう意味なんだろう…
私はどんな気持ちでピーターと明日会うのだろうか。
うーん、わからないよー。
もう、その時に考えよう…
眠くなってきた…
ピーター…
私は約束した明日のことを思って眠りについた。