JET LAG Can't keep my hands off you(第3話/3)

Can't keep my hands off you(第3話 / 3)

  

仕事が終わった後にホテルに迎えに来てくれるピーターと今日も夜の街へ。

夜って言っても夏のカナダは日が暮れるのが遅い。

ちょっと街をブラブラした後、レストランに行くのが9時くらい。

食事の後は決まって夜景の綺麗な場所で遅くまで話し込んでしまう。

だから夜遅くまで起きてられるように、日中観光をした後少し休憩をする。

シャワーを浴びてピーターが迎えに来る時間まで着て行く服を選んだり…

まるで彼氏とのデートの準備でもしてるみたい。

でも…正直言って、嬉しいんだもん。

ピーターはこんなのが好きかなっとか…想像したりして…。

ただ適当に服を着ていたツアーの時と違っておしゃれするのが楽しい。

ピーターがホテルに着くと部屋に電話をくれる。

そして私はロビーに下りて行くんだけど。

エレベーターから出てきた私を見つけて嬉しそうな顔をするピーターを見ると、とっても幸せな気持ちになる。

ピーターと肩を並べてホテルを出て行く私は、気分的にピーターパンに出てくるウエンディかな。

だって彼はネバーランドじゃないけど、毎晩素敵な所に私を連れて行ってくれるから。

私は…

初めて食事をしたあの夜、ピーターに魔法をかけられてしまったのかも…

"また逢いたい…"

ピーターのあの一言…

約束通り仕事が終わってから私を迎えに来た彼の顔を見た瞬間、今まで感じたことの無かった何かが私の中から溢れだした。

ピーターはいろいろなことを私に話してくれた。

自分のこと、家族のこと、仕事のこと…

どうしてイミグレのオフィサーになったのか…とか。

彼の強い思い…仕事や自分の行き方に対して真摯な姿…

私…こういう人が好きだな…

ピーターの存在が日に日に大きくなっていった…

 

「アヤ、明日は花火を見ないとね。とても綺麗なんだよ」

お寿司を頬張りながらピーターが言った。

日本食が恋しくなってきた私のために今日はお寿司デート。

日本食が好きだというピーターは慣れた手つきでお寿司を口に運んでる。

街は明日のカナダディのお祭りを前にして盛り上がっていた。

カナダ滞在最後の夜を飾る花火か…ピーターともお別れなんだなぁ…

私の彼への想いはもう誤魔化せないほど大きなものになっていた。

"アヤといるとホッとするんだよ"

頬を緩めてそう言ったピーターの心のうち…

"俺は最初軍に入ろうかと思ったんだ…自分の国を守りたいと思ったから。でも国を守るのは武器を持って外に行くだけじゃない…内から守ることも大事なんだって気付いただから…"

911のテロのことなのかも。

あの時…テロリストがカナダからアメリカに入国したって噂が流れた。

カナダのボーダーコントロールが甘いって…

空港というギリギリの所で国を守る…その責任の重さ…

"そんな中でさ…アヤのことには笑わせてもらったよ"

そうよね…私のようなおバカなことで別室なんて。

ピーターは毎日空港で自分の国を守るために働いてるんだから。

"仕事の後にアヤの顔を見ると、それまでイライラ、ムカムカしてたのがすっと消えていくっていうか…心が温かくなるんだよ"

心が温かくなるか…

私もピーターと一緒だとなんか心が満たされるっていうか…

今まで欠けていたなにかが補われたような…

不思議な気持ちになる…

これって…やっぱり、ピーターを好きだってことなんだろうな…

でも…明後日の午後には私はここには居ない。

だから…なにも始められない…始めてはいけないのよね。

私は無理矢理笑顔を作ってピーターを見つめた。

ちょっと淋しくなった心の中を見られないように…

 

「ピーター!」

花火を見る人達がいっぱいで私の前を歩くピーターと逸れそうになって思わず名前を呼んでしまった。

振り向いたピーターが人の間に挟まれて情けない顔をした私の傍に寄ってきた。

「ごめん…こうしておけばよかった」

そう言って私の手を握って自分のジャケットのポケットに入れた。

あっ…不意なことだったので固まってしまった。

そんな私を見てピーターは笑った。

「これでもう逸れたりしないよ、安心して。さあ、行こう。花火が上がっちゃうよ」

カナダデー当日も仕事だったピーターは花火に間に合うようにホテルに迎えに来てくれた。

「よかった、ちょうど始まったところだ」

大きな音と共に光の華がバンクーバーの空に浮かび上がる。

この国のお誕生日…

その日に私はカナダ人のピーターと一緒にお祝いをしている…

不思議だな…旅行の日がずれていたら、旅行先がカナダじゃなかったら。

私がここにこうして居ることは無かったはず…

縁っていうのかな、運命だったっていうのかな。

どうなんだろうか…

そう思うと今この瞬間瞬間が愛しくて…

ずっと続いて欲しい…なんて胸の奥がキュッと閉めつけられる。

私達は最後の一発が終わってもしばらくの間、煙がどこかに流れていってしまうまで空を見上げていた。

「終わっちゃったね。これからどうしよう…か」

ちらっと腕時計を見てピーターが言った。

空港からまっすぐここに来てくれたんだから、夜ご飯まだなはず…

「お腹空いてない?まだ夜ご飯食べてないよね」

「大丈夫だよ、午後の休憩時間に食べておいたから。でもアヤがお腹空いてるんだったら付き合うよ」

お腹は空いてないけどちょっと喉が渇いたかな…

「私も大丈夫だけど…そうだ、コーヒー飲みたいな」

「じゃあ…買ってくるよ。いつものカプチーノでいいのかな?」

近くのカフェでコーヒーを買って花火を見ていた場所にあるベンチに座った。

「まだ花火の火薬の匂いがするね…」

コーヒーを飲みながら静寂を取り戻した空を見つめる。

「ピーター、いろいろありがとうね。毎晩仕事の帰りにごめんなさい…疲れてたはずなのに…。でも…本当に楽しかった。とうとう明日になっちゃった…帰るの」

「俺も楽しかったよ。明日か…アヤが行ってしまうのは」

真っ直ぐ海の方を見つめたままそう言ったピーターの横顔はどこか哀しそうだった。

そんな表情をしてあたたは今なにを思っているの…

ピーターにとって私の存在ってなに…

水面に反射する街の灯りに照らされるピーターの綺麗な茶色の瞳をそっと見つめる。

「アヤ…、アヤはカナダが好き?」

唐突に私の方に体を向けて言った。

「好きよ…とっても素敵な国だと思うもの。機会があったら暮らしてみたいなーって思うくらい…」

満足そうに頷いたピーターの次の言葉に私は心臓が飛び出しそうになってしまった。

「じゃあ…カナダ人の男はどう?」

えっ…なんて言えばいいんだろう…言葉に詰まってしまった。

「…男性もす、素敵だと思うよ。ピーターのように優しくて親切だし…」

心臓の音が隣のピーターに聞こえてしまうんじゃないかってくらい私は動揺していた。

「アヤ、それって…機会があったら付き合ってみたいと思うくらい?」

もう…どうしてそんなことを聞くの…そんなこと…聞いてどうするの…

私には答えられない…

だって…言葉にしてしまったら胸の奥に押し込んでいるあなたへの想いが溢れ出てしまう。

真っ直ぐ私の瞳を見つめて答えを待っているピーターにただ曖昧に微笑むことしかできなかった私….

そんな私を見てふっと淋しさを表情に漏らしてピーターはまた海の方へ視線を戻して言った。

「送るよ…」

ちょっとだけ後ろを歩く私から見えるピーターの背中…なんか淋しそうで思わず抱きしめてしまいそうになる。

私は…私はピーターが好き…でも…なにも始められないよ、明日帰るんだもん。

そうよ…楽しかった思い出で終わらせるのが一番いい。

…そうやって今まで生きてきたんだから。

けど…それで本当にいいの?

そんなんだったから今まで彼氏もできず、皆にバカにされてるんじゃない。

くもの巣張ってるとか…シーラカンス並みの化石だとか…いろいろ言われっぱなしで。

このままいつものように自分の気持ちを閉じ込めてしまうの…

それとも…

………

言葉少ないまま歩き続けて、私達はホテルに着いてしまった。

いつものようにエレベーターの前でお別れ…でもほんとにいいの?

お話の中で最後にはネバーランドを去る決心をしたウエンディ。

そして現実に戻ったウエンディはネバーランドのことを忘れてしまう。

私は…私はもう少し夢を見ていたい…

忘れたくなんかない…

気付いたら…私は閉まりかけたエレベーターのドアを押さえていた。

そして黙って彼の手をそっと掴み、驚いた表情のピーターをエレベーターの中へ促した。

部屋に上がって行くエレベーターの中で私の心臓は手を当てなくてもわかるくらい激しい音を立てていた。

あや…今、自分がしてることわかってるの?

これからピーターを自分の部屋に入れようとしてるってこと。

子供じゃないんだからそれがどういう意味なのかわかってるはず。

頭の中で今までの私と今までとは違う私が戦争を起こしている。

今までの私…帰る前の日にこんなことをして、ただの遊びじゃない…

今までとは違う私…でも人を好きになるのは理屈じゃないのよ!いつも言い子ぶるのはもう止めなさいよ。

" ピーン "

着いちゃった。エレベーターの扉が私の部屋の階で開く。

繋いだままのピーターの手を引いて私はエレベーターを降りた。

部屋の前で軽く息を吸いこむ。

いいんだよね…これで。

これで…

部屋のカギを開けた私の後ろにピーターが続く。

あ、入っちゃった…と言うか入れてしまった。

ベッドはターンダウンしてあって見るからに準備OKよって言ってるようだった。

心臓がバクバクして今にも倒れそう…でも、なんか言わなきゃ。

「なにか飲む?私…ちょっと喉乾いちゃったかも」

そう言ってミニバーから飲みたくもないコーラを取り出す。

ピーターはいらないよって首を振ってベッドの端に腰をかけた。

私はベッドを避けて壁に張り付きそうになりながら窓の傍に立った。

新鮮な外の空気が吸いたいよー。

このままだと窒息しそうなんだもん。

ちょっとだけしか開かない窓から入ってくる冷たい空気が火照った頬にあたって気持ちがいい。

きっと赤面してるんだろうな…かっこ悪い。

「アヤ…」

「あっ…」

ベッドに腰をかけていたと思っていたピーターに後ろから抱きしめられてびっくり。

「………」

耳元に感じるピーターの熱い吐息…背中から伝わる彼の心臓の響き…

これって夢じゃないよね…

この場に及んでなにを考えてるのー。

夢なんかじゃないのよー、現実なんだから…

私…ピーターと愛し合うのよ…

胸が締め付けられる思いで立っていられないよ…

ピーター、ピーター。

窓から見えるバンクーバーの街の灯りが頭の中で幻想的に輝いている。

思わず目を閉じてその光景に包まれていた私をピーターが振り向かせた。

「アヤ…キスしてもいいかな…」

「ピーター」

潤んだ瞳で私を見つめる彼の名前を呼んだ。

「ううん…」

熱を持ったピーターの唇が私の唇をふさいだ。

体中の血液がジェットコースターのように猛スピードで走り回ってるみたい。

ふっ…

「アヤ、大丈夫?」

肩で息をする私を心配してピーターが唇を離して言った。

「うん

私は恥ずかしくてピーターの胸に頬を寄せた。

キス…しちゃった。

とっても幸せな気持ちだよー

そして思い切って彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめた。

これって大胆すぎ…?

頬から伝わるピーターの鼓動の速さにびっくり…

私だけじゃないんだ、ピーターもドキドキしてるの?

「ピーターのハートビート、頬から伝わってくるよ…」

「俺もだよ…アヤのハートビートがアヤの胸から俺の胸を通じて伝わってくる…」

きゃっ、ちょっと恥ずかしい。

私とピーターの胸はぴったりとくっついてたんだ。

「アヤ…、やっぱりもらうよ」

ピーターは腕を伸ばして窓際にあるテーブルの上のコーラを喉を鳴らして飲み干した。

「あー、喉がカラカラだったんだ。これで生き返ったよ。では…」

そう言うとピーターは私を抱き上げてベッドに運んだ。

そしてターンダウンしてあるベッドの上に置いてあったチョコレートを見つけて悪戯っぽく笑った。

「これは後のお楽しみかな…」

ベッドに横たわった私の上にピーターが静かに体を重ねる。

彼が腕で自分の体を支えてるのに、それでも私の胸に…腰に…しっかりと男の人の体の重みが伝わってくる。

まだ服を着てるのに脱いじゃったらどうなるんだろう…

「アヤ…」

じっと私の瞳を見つめるピーターの顔を見ているのが恥ずかしくて目を閉じた。

それが合図だったかのようにピーターは激しく私の唇を求めた。

もう…ダメ…限界、なにも考えられない…

私は前開きのシャツぽいチェニックを着ていた。

ピーターがそのチェニックのボタンを半分外して私の胸の前を開く。

そして首筋に唇を当てて強く吸った。

その唇が首筋から胸元に降りて来た時、今まで経験したことの無い感覚が体の中を走った。

体の奥の奥でなにかが目覚めたかのように…その感覚が体の奥からじわっと体全体に広がっていくような。

私は声が出そうになるのをじっと我慢した。

でも…耐えられなくて漏らしてしまった。

「あっ…、ぅーっ…」

ピーターは私の胸から唇を離して言った。

「アヤ…我慢しないでいいんだよ。君の声が聞きたいから…」

ピーターの手が私の頬に触れる…

そしてもう片方の手が開いたチェニックの中に滑り込んですっぽりと私の小さな膨らみを包み込む…

また彼に唇を塞がれて息が苦しい…

それに男の人の体の重さも加わってる…

酸素を求めて少しだけ開いた口の中に温かいモノが滑り込んできた。

ウ、ウン。経験したことの無い食感じゃなくて感触。

今までの私だったら他人の舌を口に入れたりすることなんて絶対考えられなかった。

なのに今は…粘膜まで共有してしまっている。

唇を伝わって頬に流れる液体が自分のモノなのかピーターのモノなのかさえもわからない。

カチャカチャと音がした。

ピーターが少し腰を浮かして自分のベルトのバックルを外している。

そしてジーンズのジッパーを下げて小さな息を漏らした。

「これでもっとアヤを感じられる…」

そう言って今まで以上に体を密着させるように下半身を絡み合わせるピーター。

な、なにかが触れている…特殊な感触が腿のあたりに。

え…これって…

生まれて初めて男の人のアレに触れた…

こ…これが…そうなのね…

私は思わず感慨にふけてしまっていた。

そ、その時!

ちょ…ちょっとー、なにするのー。

ピーターが私の手を掴んでその硬いモノに添えた。

そして私の手の上に自分の手を重ねて…自分自身を摩り始めた。

うわーっ!

それは体から独立した生き物のように動いている。

「す、すごいー」

独り言のように口から洩れてしまった。

恥ずかしさいっぱいで見上げたピーターの顔…

私の体中の血が冷たくなっていく…

" どう?…友達の言ってたこと…あたってた? "

とでも言ってるようなピーターの目…

やめてー!そんな目で見ないで!

手を払いのけて上に乗っているピーターから逃れようともがいた。

そんな私を見てびっくりしたピーターが私の手を掴む。

「ど、どうしたのアヤ…」

「やめて…私…そんなことで…あなたと…してるんじゃない…遊びなんかじゃ…」

最後のほうは涙声になってしまった。

そんな私を見てピーターはなにも言わず体を離した。

「ごめんなさい…私、やっぱり…ダメ…、明日帰るのに…でもこれじゃ…遊びって思われても仕方無いよね」

自分のしたことが恥ずかしくて手で顔を隠した。

そして私は横で溜息をつくピーターから罵りの言葉を浴びせられるのを覚悟した。

でも…ピーターは私の頬に流れる涙にそっと触れた。

「俺は…そんな意味じゃなくて、ただ…触れて欲しかった。アヤに俺を感じて欲しかっただけだった。でも…それがアヤを傷つけてしまったんだよね。ごめん…謝るのは俺のほうなんだよ。君が途中でダメって言うんじゃないかって感じてた。わかってたんだ。なのに…俺…卑怯モノだよな」

ピーターは、恥ずかしくて顔を隠している私の手を優しく掴んで自分の唇にあてた。

「アヤとはいい友達のままでいよう…居なくなってしまうんだからなにも始められないって…頭の中ではわかってたはずなのに。花火を見た後、どうしても自分の気持ちを抑え切れなくなってバカなこと聞いてしまったり…それでアヤになにも言ってもらえなかったことに情けなくなったり。俺だけだったのかなっ…なんて考えてたらどうしようも無く切なくて…泣きたくなった。でも…アヤがエレベーターで俺の手を掴んだ時…うれしかった。もしかして、アヤも同じ気持ちなのかなって。でも…部屋に着いてからのアヤの態度で迷ってるって感じたんだ。なのに…俺は雰囲気のままアヤと…ごめん、でも俺も男なんだ好きな子とホテルの部屋に2人きりなんて」

好きな子って…私のことなんだ…よね。

自分の気持ちに正直なピーター…でも私はなにも言えない…

ごめんなさい…本当にごめんなさい。

黙って立ち尽くす私の顔を見ずにピーターが言った。

「俺、帰るよ。明日飛行機乗り遅れないようにな。見送り出来なくてごめん、その時間仕事なんだ」

なにか言わなくちゃ…これでお別れだもの。

泣き顔なんか見せたくない…無理をして笑顔を作る。

「う、うん。同じ空港の中にいるんだもん。見送りしてくれるのと同じだよ。いろいろありがとう。おかげでとっても楽しかった。1人だったら絶対にこんなに楽しくなかったもの。素敵な思い出をありがとう」

微笑んで私を抱きしめてくれるピーターの腕の中のぬくもり…忘れたくない。

「じゃあ…さようなら…アヤ」

振り向かず部屋を出て行くピーターの後姿を見送った。

行ってしまった…

閉まったドアをずっと見つめ続ける私の頬には、止めども無く溢れ出す涙が流れ落ちる。

これでよかったんだよね。

ホントにこれで…

  

早めに着いた空港でブラブラする。

チェックインも済んだし、後は出国して飛行機に乗るだけ。

まさか帰りはなにも言われないよねー。

制服姿のオフィサーを見るたびにチクッと心が痛んだ。

今は仕事中だって言ってた…でも…

こんなとこにいる訳無いってわかっていても、目が向いてしまう。

さぁ…帰るぞー。

向こうに着いた次の日から仕事入っているはずだしね。

メソメソなんかしてられないんだから。

無理矢理気持ちを南半球に向けた。

出国前に残っていた小銭で今日の新聞を買っておみやげにする。

さあ…行こう。

搭乗待合室の窓から最後のカナダの景色を見つめる。

とうとうさよならだよー。

また来ること…あるのかなぁ。

カナダの就労ビザ取るの難しそうだし。

縁があったらって感じかな。

もう来ることないかもって思うと感傷的になっちゃう。

でも…いろいろなことがあったなー、旅行したこと、ピーターと出逢ったこと…

それに…自分を見つめ直す機会になったことも…

私はピーターのようにちゃんと自分を持って生きていたのだろうか。

国のためになんて考えたことがあっただろうか…

自分の国…日本のために…私はなにができるのだろうか…

または…なにをすべきなのだろうか…

海外で暮らしていて日本のことに疎くなってしまっているのも事実。

でも自国を外から見ることは悪くは無いと思う。

中に居ては見えないことがたくさんあるから。

いつ帰るかわからないけど…私は…私なりに…日本…のためになりたいと思う。

日本に生まれて日本人として生きている…

偶然か必然か…

誰かが言ってた、物事に偶然は無いって。

それなら…私は…

私が日本というこの国に生まれた…この奇跡を大事にしたい。

………

顔を上げて今飛び立とうとする飛行機を見つめる。

私も…飛ぼう。

どこまでも…空高く…

 

アナウンスが入った。

私の乗る飛行機の搭乗案内。

さあ、帰ろう。

人が少なくなったところで列に並んだ。

やっぱり帰る時に独りって淋しいかも…

誰かにまたねーって手を振って見送ってもらえるって本当はとっても素敵なことなんだなー。

…ピーターがここにいてくれたら…

ダメだよ…そんなこと思っちゃ。自分で決めてさよならしたんじゃない。

そう思ってもピーターの顔が浮かんでくる…

淋しいよ…グスン

私の番が来て搭乗券を係員のお姉さんに見せる。

ホントにこれでカナダとはオサラバよーって…

でも…あれ…誰か私の名前を呼んだ?

振り向いてあたりを見渡すと、肩で息をしながら走ってくるピーターが見えた。

「間に…あった…でも…ギリギリ…」

息を整えながらちょっと待ってってお姉さんに手で合図をする。

「あれ?仕事中でしょ。どうしたの?」

私はお姉さんが立っている機械の後ろからピーターに声をかける。

「見送りに…最後に…」

まだ息が切れ切れで苦しそう…

わざわざ私のために…仕事の間に来てくれたの?

それもこんなとこまで…それって職権乱用?

この際そんなことはどうでもよくて…

「ありがとう、見送りしてくれて。最後にピーターの顔が見れてホント嬉しいよ!元気でお仕事がんばってね」

マジでうれしくて顔中に微笑みがこぼれる。

「あー、アヤもね」

お姉さんに催促されて急ぎ足で機内に向かう。

それでも何度も振り返ってピーターに手を振った。

ありがとう…ピーター。

笑顔でお別れができたもの。

なんか気持ちが晴れ晴れしい。

さっきまでこの世の終わりって感じだったのに。

大丈夫…なぜかそんな気がする。

飛行機の座席について窓から外を見つめる私の顔は微笑みで溢れていた。

 

 

そして半年後。

私はオークランドの空港に来ている。

でも…到着ロビーで待つのはお客様では無い。

ドアが開いて懐かしい顔が…

そう、あの日。

バンクーバーの空港で肩をふるわせて笑いを堪えていたあの人。

「ピーター、イミグレ大丈夫だった?」

「君じゃないからね。笑いは取ってこなかったよ」

「あっ、そう。そんなこと言うんだったら例の友達紹介しないから」

お互い、顔を見合わせて笑う。

心から待ったピーターとの再会にガイド仲間の視線も無視、無視。

大好きな人の顔をじっと見つめる…

その私の肩に置かれた彼の大きな手。

私はその温もりから二人の新しい恋の始まりを感じていた。

でも…カナダ人の彼氏、大丈夫かなぁ…

もう…私、なに考えてるんだろう…

皆に感化されちゃった…!?

なになに…お客様を待っているガイド仲間のヒソヒソ声が聞こえる。

" 見て、見て。あやの彼氏!カナダ人なんだってー! "

" この前カナダに行った時に出逢ったんだってよー! "

" そうなんだ…じゃあやっぱりホントなのかもね…あのこと… "

うるさーい!

そんなこと私の知ったことじゃないわよ!

自分達で確かめてよ。

「あーぁっ…」

隣でピーターが大きなアクビをした。

「ピーター、時差ボケだよね。大丈夫?うちに着いたらシャワー浴びて少し休んだら?」

顔を覗き込んだ私に少し眠そうな目でウインクをしてピーターが言った。

「最初が肝心なんだよね…時差ボケには。でも…アヤが一緒だったらずっと時差ボケのままベッドの中でもいいよ」

もう…やだ…。カナダでの最後の夜のことが思い出されて顔が熱くなる…

あれから私達がお互いを見つけ出すのにそう時間はかからなかった。

フェイスブックとか…SNSのおかげかな…

でも私達の間に求め合う気持ちが無かったら、よい思い出だった…で終わっていたのかも知れない。

お互いが引き寄せられて、離れられない…

偶然の必然?…必然の偶然?…

「どうした?」

大好きな私のピーター…

半年前までは存在すらも知らなかった…

海の向こうからやってきて、横で大好きな茶色の瞳で私を見つめている。

胸が締め付けられる思いでなにも言えず、ただピーターの胸に顔をうずめた。

好き…大好き

「私も時差ボケかな…ぼーっとしてきたみたい」

そう言って見つめた私にピーターは悪戯っぽく微笑んで言った。

「アヤにもうつっちゃったの?それはマズイ!すぐに2人でアヤの部屋に隔離かな…」

………

超バカップルにしか見えない私達…

それでもいいもん、やっと会えたんだから。

ピーターと私の時差ボケラブ…

地球が丸い限り続いていく…永遠に。