Delicious  Entree 2

Entree  2

  

あー、忙しい。

広い大学の構内を講義のたびに移動するだけで疲れちゃう。

そして今日は夜にバイトが入ってる。

体力を温存しておかないとバイト先でツライなあ。

ランチタイムに日向ぼっこをしながらぼーっとする。

11月に入って寒くなってきたのでお日様の暖かさがうれしい。

あー、気持ちいいー。

目を瞑ってのんびりしていると突然後ろから誰かに抱きしめられた。

「昨日は寂しかったよ。君に置いていかれちゃったから」

私の好きなサムライの香りをまとい、耳をくすぐるようなそのセクシーな声を持つこの人物…そうあのカップヌードル男!

もう私のメモリーからはDeleteされていてなにも覚えていませーん…って言ってやりたい気持ちを抑える。

「ごめんね。うち厳しいから」

うー、自分で言って気持ち悪くなりそう。

「それはもういいんだ、また君に会えたから。この後、時間空いてる?何時頃だったら大丈夫かなぁ」

このパターンはまずい…押し切られそう。

「ごめんなさい。今日はバイトがあるから…」

もう、これで気付いてよ。私にその気無いってこと。

「それじゃ、明日はどう?あさってとか?」

なかなかしぶとい。

なんとかこの状況を脱出しなければ…

せめてこの場を一時的にでも離れられればなんとかなるかも。

「まだ予定がわからないから…あっ、まずい講義が始まっちゃう」

私はそう言ってまたもや男を置き去りにした。

うわぁー、どうしよう。

なんとか穏便にことを済ませたいのに。

教室に入ってホッとしていると、なにやら周りから視線を感じる。

あの子達はあの男の元カノ。私のほうを見て笑ってる。

なんでだろうー。顔になにかついてるのかなぁ。

そう思っていたらその中の一人の子が私の横に座った。

「どうだった?やっぱりそうだったでしょ」

はぁー?私が理解できないでいるのを見てその子が補足した。

「彼のことよ。知ってるよ。すごかったでしょ。あんなのありーって」

この突拍子も無い彼女の発言に私が反応しないのを見て、楽しそうにまたまた補足した。

「同情したりしないほうがいいわよ。ぜんぜんわかってないからあの子。うまく離れないと付きまとわれるから。じゃー」

なんだあれは…言うことだけ言ってまた仲間の所に戻って行った。

やっぱり…遊ばれてたんじゃん。あんなにボロクソに悪口まで言われて。

考えてみると可哀想な男なのかも。いや、同情はいけない。

でも…明日、どうやってかわしたらいいものかなあ。

彼女達みたいに上手く振られたように見せるってどうしたらいいんだろう。

ちょっとそのワザを伝授してもらいたいもの。

 

1日の講義が終わって石化したような頭でバイト先に向かう。

私は英会話学校で子供達に英語を教えている。

夜になっても元気満々の子供相手にオーストラリア訛の英語で立ち向かう。

アメリカ人やイギリス人の同僚には変な英語を教えるなって、冗談にもならないことを言われながら。

こんなに心労がたまるのに、もらえるお金って大したこと無いんだよなぁ。

違うバイト、探したほうがいいのかも。

あー、今日も疲れた。

学校の入ってるビルを出て、ネオンの輝きに誘われるようにいつも行くバーがある繁華街へ吸い込まれる。

なんかまっすぐ家に帰りたくない感じ。

明日は講義が午後からだから、ちょっとだけ寄っていこうかな。

見慣れたドアを押して中に入る。

そこは所謂、外国人バーと言われる所でほとんどの客が日本人ではない人達。

聞こえてくる言葉もいろいろでここが日本だってこと忘れそう。

カウンターに座ってマスターにいつものを頼む。

弱いお酒…ほとんど炭酸とジュースのようなもの。

お酒に弱いわけじゃないけど、こんな所で独りで酔っ払って醜態をさらすなんてとんでもない。

ちゃんとわきまえることは知ってるつもり。

店ではいつものように声をかけられた。

社交辞令なのか独りで飲んでる女の子には皆声をかけてくる。

なんだか今日は話がのらない。軽く1杯だけ飲んで店を出た。

風がちょっと熱をもった頬にあたって気持ちいい。

駅までの道をのんびり歩いている私の肩を誰かが軽く叩いた。

「偶然だね。ここで会うなんて!バイトってこのあたりだったの?」

聞き覚えのあるその声。振り向きたくなくて私は聞こえないフリをして歩き去ろうとした。

「佐藤さん、僕だよ。顔がちょっと赤いよ。あっ、酔ってるんでしょ。かわいいな」

ちょっと苗字で呼ばないでよー。私、名前しか言ってなかったと思うんだけど。

私の前に回りこんで言いたいことを言ってるこの男。あのカップヌードル男。

高橋健太郎…ハーフの顔つきからこの超日本的な名前ってすごいギャップ。

でも…そんなこと言ってる私だって、苗字佐藤だし…名前もナオミで、私がハーフだってこと知ってる人は大学にはいないはず。

「佐藤さん、大丈夫?」

私が黙ってるのを見て相当酔ってると思ったのか、この高橋健太郎は私の肩を抱いてどこかに連れて行こうとする。

「高橋君、私、酔ってないから。大丈夫だよ。ちゃんと独りで帰れるのでさようなら…」

高橋健太郎から逃れたい一心で、無理矢理体を離した弾みで足が絡まって転びそうになる。

「危ないよ。やっぱり酔ってるんじゃないか。僕が送るよ」

高橋健太郎の腕にしっかりと抱きしめられてしまい、離れるはずがますます体を密着させる結果となってしまった。

なんか変。酔いがまわってきたのかしら…そんなはずないんだけど。

マスター…お酒の量、間違えたのかも。

ぼーっとして高橋健太郎の顔のあたりを見つめる私の態度が彼を誤解させてしまったみたい。

「どこか寄って行こうか。少し酔いをさましたほうがいいよ」

違うってばー。

高橋健太郎は…あー、面倒くさい、この名前。もう下だけでいい、健太郎!

そして健太郎は目に飛び込んできたラブホの看板を見て言った。

「ここでちょっと休んだほうがいいよ」

そう言うなり私を抱えたまま建物の中に入って行った。

ちょっとー、同意してないってばー。

健太郎は慣れたようにさっさと部屋を選んで私を抱えて歩き出す。

そして部屋に入ると私をベッドに座らせて冷蔵庫からボトル入りの水を取り出した。

「ほら、飲んで」

うーん、ここで昨日の続きをするつもりなのかしら。

健太郎は私が疑いの目で見てるのに気付いたのか、ボトルを無理矢理私の手に持たせて溜息をついた。

「僕はそんな男じゃないよ。酔ってる佐藤さんをどうにかするなんてさ。君にそういう男だと思われてたなんてショックだよ」

健太郎は肩を落として私に背を向けてしまった。あー、マジで落ち込んでる。

「ごめん、でもこんな所に男の子に連れてこられたらやっぱり警戒しちゃうよぉー、普通は…」

ベッドから立ち上がってイジケて背を向けてる健太郎をなぐさめようとした。

「高橋君、わかったから。そんなことする人じゃないって、だからこっち向いてよ」

健太郎の肩に手をかけて私のほうに体を向かせて顔を覗き込む。

あれれ…目の前の健太郎の顔がクルクル回ってる。

そして立っていられなくなった私は、ベッドに倒れこむように横になった。

これじゃー自分で言ってることと逆のこと、しちゃってる!警戒するなんて言っておきながらこれはマズイー。

でも健太郎は酔ってる私に変なことするような奴じゃないって思えるし…うーん、駄目だ。なにも考えられない。

目を閉じて肩で息をする私の横に健太郎が座って心配そうな声で私の名前を呼ぶ。

「佐藤さん、大丈夫?意識あるよね。どうしよう、救急車呼んだほうがいいのかなぁ」

なになに、救急車?そんなもの呼ばれたら困る。

私は目を閉じたまま、健太郎が座ってるあたりに向かって手を伸ばした。

「大丈夫、ちょっとだけ横にならせて。すごく眠いだけだから…」

伸ばした私の手に健太郎の手が優しく触れた。

そして自分の指を私の指に絡ませて軽く握った。

うーん、気持ちいい。

私は自分の腕を引っ込めた。健太郎の指と繋がったまま。

「僕が見てるから安心して休んだらいい。本当になにもしないから」

「う…ん」

わかったよー。健太郎がそんなことしないのー。