Delicious Entree 3

Entree  3

 

どれくらい眠っていたんだろう…腕時計を見たら日付が変わっていた。

ちょっとばっかりモヤモヤが晴れた頭で、今の状況を把握しようと周りを見渡す。

そうそうバイトの後、バーで1杯飲んで駅まで歩いてる途中に健太郎に捉まったんだ。

なんだかわからないけど酔っ払ってしまって、そして健太郎にここに連れてこられた。

そうだった、思い出した。 じゃあ…健太郎は?

「あっ、目が覚めたんだ。よかった。気分はどう?」

健太郎は体を起こした私を見て、部屋の隅に置かれた小さなテーブルと椅子があるところからベッドに向かって歩いてくる。

「うん。よくなったみたい。どうしたんだろう、いつものカクテルを飲んだだけだったのになぁ。体調でも悪かったのかも…」

「お酒飲む前に風邪薬とか飲まなかった?」

健太郎に言われてハッとした。英会話学校のバイトの前に薬を飲んだことを思い出して。

「私、薬飲んでた。バイトに行く前に頭が痛くて、でも頭痛薬が無かったから代わりに風邪薬を飲んで…でもその後お酒飲むまで時間あったし…」

「薬が体に残ってたんじゃないかな。体調によってそういうの左右されると思うよ。それで薬とアルコールの作用で眠くなってしまったんじゃないかと思うよ」

そう言われてみるとあの眠気は尋常じゃなかったような気がする。

「でも佐藤さん、これくらいで済んでよかったと思うよ。ちゃんと自分の体、大事にしないとね」

健太郎は本当にホッとした顔で私を見た。

「高橋君には迷惑かけちゃってごめんなさい。私が寝てる間、ここに居てくれたんだよね。時間、無駄にさせちゃった」

私は心から申し訳ないと思って謝った。でも健太郎はそんなこと無いよと笑った。

「僕には有意義な時間だったよ。そこでゼミで使うレポート書いてたから」

そう言ってさっきまで座っていた椅子とテーブルを指差す。

「それに…じっくり佐藤さんの寝顔も見れたしね」

もう…見たのは寝顔だけ?超寝相の悪い私だからスカートなんて捲くれ上がって太もも丸出しの姿で寝てたりして…最悪。

こんな醜態をさらすなんて私としたことが…自己嫌悪。

気を取り直して、テーブルの上のパソコンや参考書をカバンに詰めている健太郎の傍による。

「高橋君、今日のこと…昨日からのことか。本当にありがとう。でも私…」

こんなに優しくしてもらって言い辛い。けど健太郎とは上手くいかないと思うから、もうこれで終わりにしたい…。

「なんか感じたんだ、運命の出会いみたいなの。だから大事にしたいんだ、佐藤さんとの関係。あっ、僕の噂聞いてるんだよね。でもそれは誤解なんだよ。僕はそんなことできるくらい器用じゃないんだよ。地方から東京に出てきてやっとこっちの生活に慣れたかなってくらいで。だから…」

もう…いっそ噂通り女好きで嫌な奴だったらはっきり言えたのに、どうしよう。

なんとか健太郎を傷つけず上手く説明できないかなぁ。

そんな私の気持ちも知らずに、優しく自分の胸に私の体を引き寄せる健太郎。

「本当は佐藤さんが寝てる間ずっと我慢してたんだ。ゼミのリポートに集中しようって考えても布団の間から見える佐藤さんの足に見惚れてしまって…何度もバスルームに顔を洗いに行ったよ」

はにかんで微笑む健太郎を見てますます言い出せない。でも言わない訳にもいかないし。うーん、もう。

「私、高橋君とは付き合えないよ。たぶん…きっと上手くいかないと思うから。だから…これで終わりにしよう」

言ってしまってから、そっと健太郎の表情をうかがう。

健太郎の顔からは微笑が消えて、悲しそうな瞳で私を見つめる。

「どうして上手くいかないって思うの?それって性格的に合わないとかかな。でも僕達まだお互いのこと、知らないじゃないか。これから時間をかけて…」

「ちょっと待って!」

私は健太郎が続けようとする言葉を遮った。

「そうじゃないの。私は高橋君と付き合うつもりでこういう関係になったんじゃなくて…」

最後まで言い切れないでいると健太郎がさっきよりもますます悲しそうな瞳をして言った。

「それじゃ、どうして僕に声をかけたりしたのかな」

そんな悲しそうな顔で聞かれたら罪悪感でいっぱいだよー。

お互いハーフだし、それに気になってたのは確かだから…違う意味だけど。

「高橋君のこと、気になってたから。どうなのかなって…でも違うってわかったから…」

まずい、口が滑ってしまった。

「違った?どういうことかな」

「それはフィーリングが違ったってことで…」

健太郎は納得がいかない顔をして、なんのフィーリングが違うのかって食い下がってくる。

もう…こういうタイプははっきり言わないと駄目なのかもしれない。

「体の相性が最悪なのよ。あーん、もうなんて言ったらいいのかなぁー。はっきり言っちゃうと高橋君…下手なんだよって言うか…早すぎる。終わっちゃうのが…」

健太郎はまるで "あなたの親は宇宙人です" とでも言われたかのように目を大きく開いて呆然としてる。

「ウソだろ…」

一言、健太郎の口から洩れた。そして下を向いてなにかを考えてる様子。

ダメージかなり大…だよね。面と向かって "あなたSEX下手" って言われたんだから…。

それでも顔を上げて私を見て言った。

「でも、それって佐藤さん個人の感想だよね…」

まあ、確かにそうなんだけど。でも他の子達も同じ意見だと思うんだけどなぁ…。

健太郎はまた下を向いてなにか考えてる感じだったけど、顔を上げて私を見た。

「他の子もそれで…?」

うー、やっと気付いた。内心、遅いんだよーと思う。

「いやぁ、私はそれは知らないけどー」

私は曖昧に言葉を濁した。

ふーっと溜息をつく健太郎。

「そんなにヒドイのかな…僕の…」

そう呟く健太郎にかける言葉がみつからない。

「それじゃ、普通はどうなの?」

突然、そんなことを聞かれてびっくり。

「えーっ、それは…」

てっきり、傷ついてそのまま部屋を出て行ってしまうのかな、なんて考えてたから。

「他の男のなんか、僕知らないから…」

高校生の頃とかに、こういうのって友達同士で話したりしてるんじゃないのかなぁ…普通は。

でも地方から出てきたって言ってたからなぁ…それでもアダルトビデオくらいは見たことあるでしょー。

私は部屋に備えてあったアダルト放送をつけた。

腕時計で時間を計る…10分。AV男優が持ちこたえた時間。

僕のは…と聞く健太郎にカップヌードルを作る時間よりちょっと短いくらいかなぁと答える。

「それって…3分以下ってこと?!」

私はまた曖昧に頷く。

健太郎はかなり落ち込んでベッドに座り込んでしまった。

その姿を見て我ながらこのカップヌードル男が可哀想になってしまった。

健太郎が嫌な奴だったら、ここでさよなら~ってできたのに…。

励まそうと横に座った私を見ずに健太郎が言った。

「佐藤さん、これでわかったよ。女の子達が僕から離れていったワケが…。君は正直に言ってくれてありがとう」

さすがに私でもその奥に隠されてる本当のことは言えなかった。

女の子達が噂を確かめるためだけに健太郎と付き合ってたフリをしてたなんて。

講義の前に健太郎の元カノの1人から言われたことを思い出した。

"すごかったでしょ、あんなのありって…同情なんかしたりしないほうがいいわよ、ぜんぜんわかってないから…"

ひどい言われようだったよなぁ、" あれ " がカップヌードルレベルのために。

「…練習するば治るよ、それって…」

思わず口から出てしまった。

「えっ、どうやって…」

健太郎が目を輝かせて私を見る。

しまった!またやってしまった。どうしてこうなっちゃうのかな…私って。

「我慢してすぐ出さないようにするのを何度も繰り返すとか…」

「1人じゃできないよ…そんなこと」

ちょっと涙目でじっと見つめられても…そればっかりは。

「私は手伝えないよー。自分でがんばってみてよー」

もう、まずい!一刻も早くこの場から立ち去らなければ…私の焦る気持ちを察したのか、立ち上がってベッドから離れようとした私の腕を健太郎が掴んだ。

「これで僕が精神的にダメージを受けて不能にでもなったら佐藤さんの責任だよ」

今度はそうやって脅すわけー!さっきは "正直に言ってくれてありがとう" なんて言ってたくせに。

性格いいって言ったの、撤回。

「佐藤さんにお願いしたいんだ。パーソナルトレーナーってことで。もちろん料金は払うよ」

健太郎は落ち込んでいたさっきとは別人みたいに元気になってる。

この立ち直りの速さは何なの?並みの男の子じゃないわ。

でも…英会話のバイト代だけではいつもぎりぎりだからエキストラの収入ができるのはちょっと魅力かなぁ。

そう言ってもやることがやることだけに…考えちゃうよ。それに私がなんでってのもある。次の彼女にでも手伝ってもらったほうが上手くいくんじゃないかなぁ。

「ねえ、次の彼女に手伝ってもらったら?」

健太郎は眉間にしわを寄せて首を横に振った。

「僕は女の子達を見返してやりたいっていうか…だからその時まで1人でいたい。だから佐藤さんと付き合ってるってことにしておけば誰も僕に寄ってこないと思って」

こんなかわいい顔をして純情そうなことを言っててもやっぱり男よね。ちゃんと計算するところはしてる。

まあ、そのほうがこちらにとってもやり易いからいいけど。100%ビジネスってことで。

「わかった、協力してもいいよ。でも条件があるの。まず、パーソナルトレーナー代と、トレーニングにかかる一切の費用の負担と、それから…」

「まだあるの?!」

「チッ、チッ、チッ」

健太郎の呆れた顔の前に人差し指を立てて横に振った。

「あたりまえでしょ。トレーニング中、私と高橋君は建て前上、彼氏・彼女の仲ってことにするんでしょ。私は他に誰とも付き合えないってことになるじゃない!それって結構ツライわ!その分…」

私が言い終わる前に健太郎が嬉しそうに呟いた。

「僕がいるじゃない」

冗談じゃない!健太郎とはもうしないんだから。代わりになんかならないって。

「私の高橋君との関係はパーソナルトレーナーってことだけなんだから、わかってる?!」

わかってるって頷く健太郎の顔を見て思った。

あーっ、やっぱりこの男に押し切られてしまった。

こうして、私は高橋健太郎をDeliciousな男にするべく、彼のパーソナルトレーナーになったのである。