Delicious Main 7
Main 7
まただ…母親から。
もうウザイ…。
携帯の電源、切っちゃおうか…。
さっき家を飛び出してきちゃったから…。
だって久し振りにお日様が見えるうちに家に帰ったのに母親が男の人を連れてきてた。
テーブルに料理がいっぱい並んでいてさ…。
3人で仲良くディナーなんて…そんな突然…無理だよ…悪いけど…。
あーあ、行く当ても無く電車に乗っちゃったけどこれからどうしよう…。
また携帯が鳴った。
また母親からかと思って無視しようと思ったら健太郎からだった。
" やったよー!5分達成 "
すごーい。やったじゃん、健太郎。
でもまた痛いことになってなきゃいいんだけど…ちょっと心配…。
もう…無理しないでねってあんなに言っておいたのに…。
電話してみようか…健太郎の声が聞きたくなった。
でも呼び出し音が鳴る前に通話をキャンセルした。
だって目の前にあの人が立っていたから…。
あの時、電車の中で痴漢にあった時に助けてくれた人。
「こんばんは」
あの時と同じように私の前で微笑んでいる…。
やっぱりまた会えた…。
携帯をカバンしまいながら健太郎のことをちょっと気にした。
後でゆっくり返事しよう…。
「こんばんは。この前はありがとう」
「どういたしまして。ところで今日はこれからバイトかなんか?この前会った時とは方向が逆だから…」
ほんとだ。この前は家に帰るところだったから下りの電車の中だった。
「う、うん。ただぶらっと電車に乗ってみただけ…。あなたは?」
「僕は友達に一緒に飲もうって誘われてさっ。あいつらはすでに始めてるみたいだからこうやってのんびり向かってるとこなんだけどね。そして君はぶらっと電車か…。でも…ほんとはどこかに行きたくて乗ったんじゃないのかい…」
…そうかもしれない…。
私はどこへ行きたくて電車に乗ったんだろう…
私が答えないでいるとその人はチラッと時計を見てなにかを考えてる。
「私…、海を見に行こうかな…」
頭に浮かんだのはどこまでも続く海…
「海か…じゃあ見に行こう、一緒に」
えっ…一緒に?
思いつきで言ったんだけど…それに用事があるんじゃあ…
「友達のほうは大丈夫だよ。もう始まってるし、僕が行かなくても十分盛り上がってるはずだから。それに最初からあまり乗り気じゃなかったからさ」
なんか海に行くことになっちゃったみたい…。
その人に手を引っ張られ電車を乗り換えて海に着いた。
夜の海って暗くて恐いと思ったけどそこはライトアップされていて綺麗だった。
海の匂い…波の音…。
向こうではずっと海のすぐ目の前に住んでいた。
日本に帰ってきて海から離れてしまったから時々無性に海が見たくなる…。
なんかほっとする。こうやって目の前に広がっている海を見ていると。
でも…寒いなぁ。やっぱり冬の海は…。
体が冷えてきたみたい…。
私の隣で黙って海を見ている名前も知らない人。
この人と海を見ている私…。
私は…、私はこの人とどうなりたいんだろう…。
黙って体を寄せて彼の体温を感じる。
暖かい…この人は私が今1番欲しいものを与えてくれる…。
そして彼もそれを知ってる…。
お互いの瞳の奥に映る乾いた欲望…。
見詰め合ったまま唇が触れ合う…。
冬の海に吹く冷たい風を頬に受けながら私は彼の熱い吐息に誘われるようにその奥にある暖かい場所を求めて唇を開いた。
16階から見る夜景はきれいだった。
「もう寒くないかい」
後ろから私を抱きしめなが彼は言った。
「う、うん。暖かい」
「もっと僕が暖めてあげるよ」
私の耳に唇を押し付けて息を吹きかけるように彼が言ったと思ったその瞬間…生暖かいものが耳の中に押し込まれた。
それは耳障りな音を立てて私の耳の中を這いずり回った。
生理的に我慢が出来ず体が硬くなった。
「キライかい?じゃあ、これは…」
彼の唇と舌が優しく耳の外側を触れる。
「う…うん」
目を閉じて彼の動きに集中した。
私を抱きしめていた彼の手がするりとジャケットの中に滑り込んで、感じやすくなっているその膨らみをシャツの上から優しく掴んだ。
「あっ…」
彼の手の動きに翻弄される私はまた耳に押し込まれた暖かい彼の舌を今度は拒まなかった。
慣れてきたのか耳障りと思ったその音も今では私を快楽へ誘っていた。
膨らみからその下へと彼の手が降りていくのを感じて私は戸惑った。
シャワー浴びたい…。
丸一日出ていてまだ一度も浴びてないし、それにさっき潮風にあたってちょっとべたべたするし…。
「どうしたの?」
彼は耳から唇を離さずに聞いた。
「シャワー浴びてもいいかな?ちょっとすっきりしたいの、さっき潮風にあたって肌がベタベタするし…」
「僕は気にしないけど君がそうしたいならどうぞ。でも待つのは嫌だから一緒に入ってもいいかな?」
「いいわよ、じゃあ5分経ったら入ってきて」
名残惜しそうに耳から唇を離した彼を残してバスルームに入る。
高いホテルだけにバスルームも広くてシャワーとバスタブが別になってる。
手早く服を脱いで熱めのお湯を出す。
あー、気持ちがいい…体の芯まで暖まっていく。
もう5分経ったのかしら…彼が入ってくる。
「どうぞ」
彼にお湯があたるように体を端に寄せる。
「ちょっと熱いかな、温度を調節してもいい?」
私には温いくらいのお湯が彼の体を濡らしていく。
すぐ目の前の彼の体をじっと見つめる。
綺麗な体…。
栗色の少しカールされた髪が濡れて真っ直ぐになる。
乾いてる時は襟足が隠れるくらいの長さなのに今は首のまわりに纏わりついている彼の髪。
私の目の高さに彼の肩甲骨がある。
腕を動かすたびに見えるオウトツに思わず唇を寄せた。
そして振り向いた彼の首に腕を回してお湯が滴る彼の唇を吸った。
優しく私の頬に触れる彼の長くて綺麗な指。
その指を口の中に含む…。
あなたが欲しい…
その部屋は上から下までの大きな窓がある角部屋なので電気を消していると夜景の中にいるように錯覚しそうだった。
その大きな窓から眼下に広がる海、対岸に見える街の灯り、その中を離発着する飛行機…。
あの飛行機はどこまで飛んで行くんだろう…。
どこにでも飛んでいける翼が私にもあったらなぁ…。
「のど渇いたでしょ、どうぞ」
彼は冷蔵庫からビールとミネラルウォーターを取り出した。
私はミネラルウォーターを受け取ってイッキに半分ほど飲み干した。
体に染みわたるよう…彼とシャワー室で愛し合ったからちょっとのぼせてしまったのかも…。
冷蔵庫にビールを戻してもう一本ミネラルウォーターを取り出す彼に質問した。
「どうしてビールとミネラルウォーターの組み合わせだったのかなぁ?」
「君が飲みたいんじゃないかと思ってね」
ミネラルウォーターはともかく、ビール…。なんでだろう。
「あなたはミネラルウォーターでいいの?アルコールのほうがいいんじゃない?飲みに行くはずだったんだから…」
彼は全部飲み干した空のボトルをゴミ箱に入れて冷蔵庫を開けた。
「じゃあ、君だったら僕になにを選ぶのかな?」
いたずらっぽく微笑んで私を見る彼の顔からなにかを読み取ろうとじっと見つめる。
なんだろう…。
「ビールって感じじゃないなあ…。かといってウィスキーでも無いし。ワイン…、でも今はそういう気分じゃない感じ。うーん」
掴みづらい…この人。こうなったらヤケクソ!
「日本茶?」
「近い!黒ウーロン茶」
黒ウーロン茶?なにそれ?
「この頃食べ物がおいしい季節だから食べすぎちゃってる。少しお腹のあたりがね。気にしてるんだよ、だから。でもここには置いてない。だからミネラルウォーターにしたんだよ」
ぜんぜんそんなこと無いのに。これで太ったって元はどうなのかしら…。
「想像してるね。具体的に言うとこのあたりが…」
私の手を取ってバスローブの中のそのぜんぜん太ってない6パックスの腹部を撫でるのはやめてよー。
ちょっとそれって私へのあてつけ?このところ健太郎と天ぷらそばを食べてばっかりでお腹のあたりがふっくらと…。
そうだった!マズイ!
健太郎に返事するんだった。
もう…今は無理だし、明日でいいかな。
でも忘れないようにしないと…。
……あっ……
彼は私を抱き上げてベッドに運びながら言った。
「他の男のことを考えてるって顔してたよ。心外だなぁ…僕といる時に。ちょっと本気にならないとね、君がそんなことできないように…」
本気になる?…もう体力回復したの?…うーん、今晩は眠れないかも…。
本気宣言をした彼の手がベッドに横たわる私の足を掴んだ。
片足を持ち上げられてバスローブの前がはだける。
彼に足首を掴まれて動けない…。
そ、…そこは弱いの…
そんなことお構いなく私を責める彼の舌。
何度も彼の暖かい舌が私の足の指に纏わりついては淫靡な音を立てる。
そのうち指が彼の口の中に含まれて強く吸われた私は耐え切れず、掴まれていないほうの足をよじった。
でも今度はその足も掴まれて…。
彼は器用に私の両方の足の指を責め立てる。
そしてそれは私の意識が薄れていくまで続いた。
その中で彼の言葉がこだました…。
" ちょっと本気にならないとね、君がそんなことできないように…"
目が覚めた…寝ちゃったみたい。
彼が横にいて私の髪を優しく撫でている。
ちょっと体がだるい…今何時だろう…。
「まだ起きるには早い時間だよ、もう少し休んだらいい」
窓の外はまだ暗そう…。
言われた通りもう少し寝よう…。
目を閉じた私の背中を優しくかく彼の指。
気持ちいい…バックスクラッチ…。
小さい頃、よくダディがしてくれた…私が眠るまで。
意識が戻ってくる中で、腕を伸ばして彼の体のぬくもりを求めた。
でも伝わってくるのは冷たいシーツの感触だけ…
まだ眠い目を擦りながら横を見ると彼がいない…。
「こっちへおいでよ、朝日が綺麗だよ」
窓の前に立って振り返って微笑んでいる彼。
裸の私はシーツを体に巻きつけて彼の横に立った。
ほんと…すごく綺麗…。
オレンジ、ピンク、紫色に染まる空、海、街、飛行機…。
「こんなに綺麗な朝日を見たのは久し振りかも…」
「そうだなぁ‥僕も久し振りかもしれない」
2人で太陽が昇りきるのを見ていた時、私の心の中にあったなにかが朝の光の中に消えていくような気がした。
「くしゅん…」
痛っ…筋肉痛かなぁ…。くしゃみをしただけで体のあちこちがギシギシする。
「大丈夫?ちょっと苛めすぎてしまったかも…ごめん…」
なにがあったか覚えてないくらい彼に責められた昨日の夜…聞けないよ…恥ずかしくて…。
「私、あんまり覚えてなくて…でも…」
「心配してるんだ?どんなに乱れたかって。うーん、凄かったよ」
うそー、またやってしまったのかもぉー…自己嫌悪…。
ベッドに腰を掛けて半泣き状態の私の横に彼が座った。
「どうしてそんな顔をするの?素敵だったよ、君との一夜…。僕は君の匂い、声、表情…全てを覚えてる…」
そんな顔をして見つめないで…またその気になっちゃう…。
「どうしようか、この後…」
この週末は予定が入って無い…。どうしよう…。
でも私にはやらなくちゃいけないことがある…。
「家に帰らないと…ごめんなさい。私、シャワー浴びてくる」
早く帰って母親に謝らなくっちゃ。
家を飛び出したまま、連絡もしなかったことを。
彼に悪いと思ったけど今日は帰ることにした。
シャワーを浴びて着替えを済ませた。
彼はバスローブのまま椅子に座ってる。帰らないのかなぁ…。
「僕はもう少しゆっくりしていくよ、独りで帰れるよね…」
お部屋代、どうしたらいいんだろう…半分支払いたいんだけど…。
「あの…ここのお部屋代…」
私が言い終わらないうちに彼の指が私の唇をふさいだ。
「君からそんなの受け取る気は無いよ。気にしないでくれないか。それより、また会いたい」
以前は、男の子にまた会いたいと言われた時点で冷めてしまって2回目なんてなかったけど…。
彼とだったらまた会いたいと思えるような気がする…
「それじゃ、また電車で…」
なにも言わずただ頷く彼を残して部屋を後にした。
来た時とは違って体が軽く感じる…うれしくて駅まで走った。
家に着くと母親がもう起きていた…というか昨日と同じ服…。まさか…寝てないとか…。
「お母さん…昨日はごめんなさい…」
母親の顔を見れず俯いてしまった。
「わかったわ。もういいから。それより今日は2人で出かけない?久し振りに美味しいものでも食べよっか」
私は母親のリアクションに驚いて顔を上げた。
てっきり怒られると思って覚悟してきたから…。
黙って頷く私を見て母親は言った。
「じゃあ、出かける準備しなくちゃ。ちょっとシャワー浴びてくるから」
私はバスルームに入って行く母親の後姿に小さい声で呟いた。
お母さん、幸せになってね。あの人と…。