Delicious Dessert 12

Dessert  12  

  

この気持ちを伝えよう…そう思って講義の終わった大学の構内を歩きながら健太郎の姿を探す。

電話してしまえばいいのに…できない。

ちゃんと約束してしまったら…もう後戻りできないから。

偶然を装って話しかけることができたらいいのに。

そんな都合のいい風にはいかないんだよな。

ブツブツ言いながらトイレに入る。

この頃、風が冷たくてリップクリームが手放せない。

唇が荒れてカサカサになってる。

ちゃんとクリームを塗っておかないとなあ。

こんな唇でキスできないもん。

あれっ、無い!

昨日買ったばっかりのリップクリームが見当たらない!

もうやだ、高かったのにー。

もしかしたら…最後の講義の最中に携帯のメールをチェックした時にカバンから落ちたのかも。

戻ってみたほうがいいのかなあ。

そうしよう!急いでないし…また買うのも癪に障る。

あればラッキーぐらいに考えて探してみよう。

戻ってみるとまだ教室のドアが開いていた。

ラッキー!これで中に入れる。

でも…まだ誰か中にいるのかなぁ?

そっと覗くと健太郎とクラスで1番かわいいって言われてる女の子が仲良く話しをしていた。

彼女に天使のような可愛い表情で見つめられて、健太郎も優しく彼女に微笑み返す。

あーぁ。私、なに考えてたんだろう…。 

今更… 私の気持ちなんか言ってどうするのよ!

健太郎の晴れの門出を笑って見送ってやろうじゃないのよ!

それが女冥利につきるってもんだわ!

あれれ…昨日の夜に見た寅さんの映画の影響?!

こんなとこでタンカを切ってどうするのよ。

でも…やっぱり淋しーよね。

私はリップクリームのことをすっかり忘れて教室を後にした。 

 

それから私と健太郎の間には所謂、良いお友達という関係が続いた。

でもあの日…取り返しのつかないくらい健太郎を傷つけてしまった。

大学でいつものように挨拶をした私の手首を健太郎は掴んで、無理矢理人の居ない大講堂の中に私を連れ込んだ。

どうしちゃったの?そんな恐い顔して…。

「健太郎…手首痛いよっ。離して…」

手は離してくれたけど恐い顔はそのまま。

「どうしたの?私…なにかした?」

バーンと健太郎が講堂の壁を叩いた音が響き渡った。

「健太郎…恐いよ。なにか言って…」

「ナオ…」

肩で息をしながらも、気持ちを落ち着けようとしてる。

「ナオ…正直に言ってくれ。ナオは知ってたのか?」

えっ…。まさか…あのこと?

でもどうして健太郎が知ってるの?!

頭の中が真っ白になって言葉が出てこなかった。

「どうして黙ってるんだい?それってイエスってことなんだね」

「健太郎の言ってること…わかんない。だから答えようが無い」

どこまで健太郎が知ってるのか検討がつかないもの。

言いようが無いよ。

でも、私がそう言ったことで健太郎をますます怒らせてしまったみたい。

「じゃあ、はっきり言うよ。ナオは他の子達と同じように僕に興味本位で近づいたんだよね。僕のセックスの下手さを確かめるためだけに。そして笑ってたんだろう…」

健太郎は押さえ切れない怒りや悲しみを私にぶつける…。

「ナオ、答えてくれ!ナオから聞きたい」

「知ってた…でもそれは…」

健太郎は私に続きを言わせてくれなかった。

「僕は…僕は他の子になんて言われてても構わなかった。ナオは他の子と違う…ナオだけは僕を本当に理解してくれてると思ってたから。だから…トレーニングのことだって。…そんなこと、女の子に頼むの馬鹿げてると思ったけど…ナオだから…なのに…やっぱり君も他の女の子達と同じだよ!もう顔も見たく無い」

そう叫んで健太郎は走って講堂を出て行った。

違う…、違うよ。

私は健太郎を傷つけるつもりなんか無かった。

でも…結果的にそうなってしまったのね。

健太郎の後を追いかけて言いたかった。

" 笑ってなんかないよ、本気で健太郎のトレーニングが上手くいくことを祈ってた…。

私は…私は健太郎が好き…健太郎が大事なの…"

それはできない…。

どう言い訳しても動機不純だったのは間違いないから。

私は、健太郎が飛び出して行った講堂の扉を見つめることしかできなかった。

そして…それから健太郎と私は他人以下の仲になった…。