Delicious Dessert 14

Dessert  14

 

電車の窓に映る自分の顔… 悲しそうで淋しそうな顔。

こんな顔をしていたくないのに…もう…なにやってるんだろう…私。

そんな私の横に突然あの人の顔が映る。

えっ…錯覚?でも声がしてそうじゃないって気づく…。

「淋しそうな顔をしてどうしたの?」

私が必要な時にいつも現れるこの人…この前逢ったのはあの夜…。

なにもかも忘れて体を重ねあったあの時…そして…真っ赤に染まる街並みを一緒に見たあの朝。

答えられず黙っている私の耳元で囁く彼。

「僕の所に来ないかい…」

僕の所…その意味ってなんだろう…でも…考えても…。

今の私に行く場所があるとしたら…それはあなたの腕の中かもしれない。

彼は黙って頷いた私の手を取って次の駅で降りた。

タクシーで駅からそう遠くない所にあるマンションに着いた。

ここに住んでるんだ…。

なんか正体不明な人だから、突然彼の生活の匂いがする所に連れてこられてソワソワする。

セキュリティを通ってエレベーターに乗る。

すごく高そうな所だなぁ…家賃どれくらいなんだろう…彼って何者なの…。

あっという間に最上階に着いてドアが開いた。

「どうぞ」

背中に添えられた彼の手に促されてエレベーターを降りた。

そして歩き出した彼に続く。

角部屋の前で立ち止まってドアの鍵を開けている彼の後ろで、ちょっと緊張してる自分がいる。

このまま部屋に入ってしまっていいのかなぁ…。

何回か会ったことはあるけど、私…この人のことなにも知らない…。

でも…悪い人じゃないって本能で感じる…。

「どうしたの?うーん…なにか心配してるんだったら鍵でもなんでも渡しておくよ」

開いたドアの前で立ち尽くしていた私に彼はそう言った。

「ちょっと戸惑ってる…来ちゃってこんなこと言ってるのバカみたいだけど…でも…私は…あなたと…一緒にいたいって…」

言葉で伝えるのは難しい…ホントの気持ち…あなたが必要なの、今の私には…。

黙って彼の手を取った私の肩を抱いて、彼は玄関に入ってドアを閉めた。

なにも置いてない玄関、通路を抜けてリビングルームに通されてびっくり。

シンプルっていうよりもほとんどモノが無い。

ここで生活してるのって信じられない。

「転勤で日本に来てるんだ。次にいつ、どこへ行かされるわからないからね。だから物は極力持たないようにしてる」

そうなんだ、ビジネスマンって感じには見えなかったけど。

「ここも会社が用意した所なんだ。職場から少し遠くても部屋から外の景色が見える場所を探してもらった。寝に帰って来るだけなんだけど、いつも見えるのが隣のマンションの洗濯物っていうのもね。だから無理を言ってこいう景色が見える所を見つけてもらったんだ。こっちにおいでよ」

彼に呼ばれて窓の方に近づいた。

「あーっ、すごい!夜景が綺麗」

「このあたりは少し高台になってるみたいなんだ。だから結構眺めがいいんだよ」

結構なんてもんじゃないよー。最高の眺めってこういうのを言うんじゃないかって思うくらいスゴイ。

「こんな素敵な夜景が見れるなんて…私だったら毎晩寝ずに眺めてしまっちゃうかも…」

本当に私は窓からの眺めに心を奪われていた。

「そんなに気に入ったのなら毎晩眺めたらいい…」

えっ?それってどういう意味?!

「僕は物を持たないようにしてるけど、女性との関係もそうなんだ。先がどうなるかわからないのに深い付き合いはできない。でも…昔はそれでよかったけど…この頃はね…淋しいものだよ」

彼は夜景を見ながら溜息をついた。

「僕はリュカ。英語だとルーカスやルークって感じかな」

っていうことはフランス語?

「フランス人だよ。そして君はナオミさん…か」

自分から名乗る前に彼の口から私の名前が…。

どうしてわかったんだろう?

「ごめん、この前会った時に電車の中で携帯見てたよね。その時にストラップについてた君の名前のチャームが見えたんだ」

そうだった!携帯についてた。

「ナオミってオーストラリアのアクセント持ってるよね。この前シャワーの中でなんか英語で言ってたよ。その時のアクセントからオーストラリア人かなって思った。でも確信が持てなかったからちょっと試してみた。お風呂上りに水とビール、君がどっちを選ぶかと思って…」

あっ、そう言えばそんなこともあった‥。

あの時はどうして水とビールの組み合わせなんだろうって思ったけど。

そういうことだったのね…。

でも…ちょっとそれって、オーストラリア人のイメージ…ステレオタイプ過ぎる!

オージーが全員ビール好きだとは限らないよ!

まあ、確かにビールは色のついた水くらいの感覚かなってのはあるけどね。

もう…オージーとビール。

男の人のビール腹は確かに凄いかも…若くてもお腹だけは立派にオジサンって人が多いもん。

それはおいといて…

そこまでわかってて知らん振りしてたなんて…。

「ぜんぜん知らないフリでひと晩過ごすなんて…言ってくれればよかったのに」

「名前もなにも必要無かったでしょ…あの時の僕達には」

そう言われてみればその通りかも…。

「でも…じゃあどうして今日は?名前を教えてくれたり、さっきはここから毎晩夜景を眺めたらいいって…」

リュカは私の頬を両手で包んで言った。

「君と…ナオミと深く関わりたいと思うから。君のことをもっと知りたいし、僕のことも知って欲しい。この前別れてからずっと会いたかったよ。電車の中に君の姿を探した…いつも。そして…こうしてまた会えた…」

リュカが私を求めてくれていた。私だけかと思ってた。

あの日、別れ際にまた会いたいってリュカは言ったけど、私は男の人の社交辞令かと思ってた。

「私も…私もリュカに会いたいと思ってた。でも会えなかった…ずっと」

「シンガポールに出張だったんだよ。おととい帰ってきたばっかりでまた君に会えた…でも君はまた淋しい顔をしている。僕が君を笑顔に出来るかな」

リュカだったら私の胸に開いた穴を埋めてくれるかもしれない。

でも…それってリュカを…。確かに私はリュカに好意を持ってる…リュカといると安心できる…。

なにもかも受け止めてくれるリュカの腕の中は、とっても居心地がよくていつも私を甘えさせてくれる。

リュカ…私…どうしたらいいんだろう…苦しいの。

「おいで…ナオミ…」

リュカに手を引かれてベッドルームへ。

キングサイズのベッドが部屋の真ん中に置かれている。

リビングルームと同じようにそれ以外の家具は一切無い。

でもここからも綺麗な夜景が見える。

“ ここには寝るだけに帰って来る “って言ってた。

いつもこの夜景を見ながら眠りにつくのね…リュカ。

「ナオミ…どうする?またシャワーを浴びるのかい?」

私はなにも言わずにリュカに抱きついて唇を合わせた。

リュカもそれに答えるように私を抱きしめる。

激しいキスをしながら、お互いの服を脱がせあう。

そして下着だけになった体をベッドに投げ出す。

「君の香り…僕はこの香りの虜になってしまった…」

私の体の全てのパーツに唇を這わせるリュカの動きに翻弄されながら淫靡な快楽の音を漏らす。

また後でなにも覚えていられなくなるくらいリュカと愛し合ってる…。

でも…頭の…体のどこかでそれを拒んでいる私がいる…。

 

「どうして泣いてるの?」

答えられずリュカから顔を背けて涙を隠した。

リュカが私の頬に伝わる涙に指で触れた。

こぼれてくる涙を止められない。

「好きな人がいるんだね」

好きな人?それって健太郎のこと…違う…もう終わったことだもの。

「君が流すこの涙はその人を思う君の心の痛み…君の心の中にいる、かけがえの無い誰か…羨ましいよ…その男が」

「ごめんなさい…」

好きな人がいるのにリュカと寝てしまった。

それもリュカが正直な気持ちを言ってくれた後に…やっぱり私…リュカを利用してしまったんだ…。

心苦しくてリュカの顔が見れない…。

そんな私を見てリュカが悲しそうに微笑んだ。

「ナオミ…そんな顔しないでよ。なんとなくわかってたよ…君の気持ち。一応、僕は君より長く生きてるからね。この前会った時とは違う君に気付いてた。そして愛し合っている時の君の体の反応…前のように全てを僕に預けてはくれなかった。その人のことが好きなんだね。なんか事情がありそうだけど、でもその気持ち…大切にしたほうがいいよ。自分の心に正直に生きるって…そういうことができるのって僕の歳になると難しくなるからね。短い時間だったけど一緒に居られて君は僕にそういう気持ちを思い出させてくれた。ありがとう」

リュカは脱いだまま転がっている私の服を床から拾ってベッドの上に置いた。

「シャワーどうする?バスルームに案内するよ」

「う、うん。シャワーはいい。服を着たら帰るから」

「わかった。じゃあ僕はリビングルームにいるよ」

そう言ってリュカはベッドルームを出て行った。

私は急いで服を着て乱れたベッドを直してベッドルームを後にした。

淹れたてのコーヒーの香りがいっぱいのリビングルームの窓からは、また新しい1日が始まろうとしているのが見える。

「これ飲んでいって…」

温かいコーヒーをリュカから受け取る。

「あー、おいしい」

リュカが淹れてくれたコーヒーは本当においしかった。

「もうすぐクリスマスだね。ナオミはどうするの?」

「私はまだ決めてないの。リュカは?」

「僕は久し振りにフランスで過ごすかな。毎年帰るのが面倒でいろいろ言い訳しては帰ってなかったからね」

確かに飛行機でフランスまで行ったり来たりは大変かも…。

「家族と一緒にクリスマスを過ごしたいと思うんだよ、今年はね。ナオミも1番一緒にいたい人とクリスマスを過ごせるといいね」

1番一緒に居たい人か…。

タクシーを呼んでもらってリュカとお別れの時が来た。

「気をつけてフランスに行って来てね。家族と楽しいクリスマスを過ごせるといいね。いろいろありがとう…リュカ…」

どちらからとも無く抱きしめ合って、さよならのキスをする。

「さようなら、ナオミ…」

「さようなら、リュカ…」

 

タクシーの窓からは朝焼けに染まる街並みが見える。

もうすぐクリスマスイヴ…。

私が1番一緒にいたい人って…。

心の中から追い出せないでいるあの人だけ…。