Love story Chapter one-9
Chapter one-9
クラスの皆が目を輝かせて先生の話を聞いている。
こんなことはめったに無い。
そう、2年生の秋と言えば高校生活のメインイベント、卒業旅行の季節。
私達の学校は日本の文化や歴史を学ぶという趣旨で毎年京都に行っている。
やっぱり皆の1番の関心は班分けかなあ。
仲の良い友達と一緒になるかならないかで旅行中の明暗がわかれるから。
先生が1班から名前を呼び上げて黒板にそれを書いていく。
私は仲良しの祐美と一緒だったのでそれで十分だった。
クラスの女の子達が奇声を上げたのでなにごとかと思ったらジャックと同じ班になった子達は喜びの歓声を上げ、
やれやれ班分けでこれなんだから、旅行中ジャックの取り合いで大変だろうなあ。
よかった、別の班で…そう思っていたら突然ジャックが手を上げて先生に言った。
「先生、できればエリさんと同じ班にしてもらえませんか。母は日本語がわからないので旅行の準備のことで近所のエリさんにいろいろ教えてもらえると助かります」
はぁいー?なにそれー!
「そうだなあ、お隣同士だからジャックのお母さんもえりだったら聞きやすいだろう」
先生はそう言って私の班の男の子の名前をチェックした。
「そうだ、佐々木。おまえ田中と仲いいな。ジャックと替わって田中の班に入れ」
先生はジャックの名前と佐々木君の名前を入れ替えて言った。
「よし、これで決まりだ。もう変更は無いぞ」
そしてジャックと同じ班になり損ねた女の子達のブーイングの中、先生は授業を始めた。
カバンは今日渡された卒業旅行の資料のせいで重かった。
放課後その重いカバンを持って歩いていると、後ろからジャックが声をかけてきた。
「エリィ、今日時間があったら旅行のこと母さんに説明してもらえないかな」
「うん、いいよ。ジャックのお母さんも準備するのに余裕があったほうがいいもんね」
私がそう言うとジャックは私から重いカバンを取って、軽々と肩にかけて歩き出した。
家の前まで来たところで、お母さんに都合を聞いてくると言ってジャックは私のカバンを持ったまま家の中に入って行った。
私はジャックが開けたままにした玄関のドアの横に立って中を窺った。
そうしているとジャックがお母さんと戻ってきた。
「エリちゃん、どうぞ入って。今日はわざわざありがとう」
ジャックのお母さんが上手な日本語で言った。
あれれ、日本語できないんじゃなかったの…ジャック!
私は驚きと呆れ顔でジャックを見た。ジャックは大げさに両手を上げてとぼけた。
まったく…この人はわからない…
ジャックの家の中に入るのは初めてだった。
引越しの時に見た家具がセンス良く並べられていた。
まるでインテリアの本に出てくるようなリビングルームのソファーに座って私は緊張していた。
ジャックはちょっと着替えてくると言って2階に上がって行った。
ジャックのお母さんがケーキとジュースをテーブルに置いて言った。
「エリちゃんのおかげでジャックも学校に慣れて安心してるのよ、ありがとう」
「とんでもないです。私はなにも…ジャックはクラスで人気者ですよ、特に女の子には…」
私はテレと緊張で口がもつれそうになった。
そんな私を見てお母さんは優しく微笑んだ。
「ジャックはラッキーね。エリちゃんがお隣さんで。これからもジャックをよろしくね」
そういうとお母さんはリビングルームから出て行った。
私がおいしそうなケーキを眺めているとジャックが着替えを済ませて2階から降りてきた。
私服のジャックは制服の時より大人びて見えた。
「ごめん、俺だけ着替えて。制服って窮屈でさ」
ジャックはそう言って当たり前のように私の横に腰を下ろした。
そしてテーブルに置いてあるケーキの乗ったお皿を私の手に乗せた。
「母さんが焼いたんだ」
ジャックはそう言うとおいしそうにケーキを食べ始めた。
ジャックとケーキ。
この意外な組み合わせに私はケーキを食べるのを忘れて、ケーキをおいしそうに食べるジャックの横顔を見つめていた。
そこにお母さんがノートとペンを持って戻ってきた。
私は一通り旅行に必要な物のリストや日程などを説明した。
お母さんは目を丸くしてこれは大変っていうような顔をした。
そこへジェイムズとジョシュアが帰って来て、私がいるのを見つけてびっくりしたような顔をした。
「エリちゃんに修学旅行の準備について教えてもらってたのよ、いろいろあって大変そうだけどエリちゃんがいてくれるからね」
お母さんは微笑んで私とジャックを見た。
ジェイムズもジョシュアもなるほどというような顔をしてソファーに腰をかけた。
「それじゃあ皆でアフタヌーンティータイムね」
お母さんが2人の分のケーキとジュースを持ってきて皆で話をした。
私達が話で盛り上がっている中、ジャックが窓の外を見ているのに気付いた。
3人とも仲は良さそうなのに時々なぜかジャックが独り浮いてるように見えることがあるのは私の気のせいなのかなあ。
「ねえ、ジャック。もっとエリちゃんに聞いておくことがあるでしょ。2階のお部屋に案内したら?」
えっ…それは…ちょっと…お母さん爆弾発言?心配でジャックの顔を見る。
「いいよ」
そう言うとジャックは立ち上がった。
「じゃあ、案内する、行くぞ」
私はことの成り行きにびっくした。
ジャックの部屋に通されるなんて、緊張しちゃう。
やだー、私なに考えてるんだろう。ただのお隣同士、深い意味なんて無いんだから。
ジャックが部屋のドアを開けて私に部屋に入るように促す。
私は恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
男の子の部屋なんてお兄ちゃんや翔の部屋にいつも入ってるから慣れてるつもりだったけど
ジャックの部屋の窓から私の部屋の窓が見える。
いつも私の部屋から見てるジャックの部屋に今こうして立っているなんて。
見回すと机とベッドだけのがらんとしたジャックの部屋。
好きな女の子や車のポスターなんかあるのかなと思ったけど見事なくらい殺風景なこの部屋がジャックの部屋。
ジャックがベッドに腰を下ろして私に椅子に座るように目で合図した。
私は椅子に座っても落ち着かずすぐに立ってベランダに出た。
ここで確かにジャックは泣いていた。
悲しそうに月の光のように冷たい涙を流していた。
本人は泣いてなんかいないって言ってたけど…
私は何も言わずただジャックの手を握りしめた。
ジャックは私の手をぎゅっと握り返してその手にキスをした。
なんなんだろう、私達の関係って。秘密を共有する同士?
そういえば私、アイツって呼ばなくなったかも、ジャックのこと。
そんなことを考えていたら、階段を上がって来るジェイムズとジョシュアの声が聞こえた。
どちらともなく繋いでいた手を離した私達は何も無かったように部屋から廊下に出た。
「僕の部屋も案内するよ」
ジョシュアに手を引っ張られながら後ろを振り返ってジャックを見た。
ジャックは私と目を合わせずに階段を降りていってしまった。
うれしそうに部屋の中の物を説明してくれるジョシュア。
やっぱり中学生、得にジャックの部屋の後では幼さが目立つ。
でも翔の部屋も同じかなあ。なんか翔の部屋にいる感じでさっきまでの緊張した息苦しさが無くなっていた。
そこにジェイムズが入ってきて残りは自分の部屋だと言って、私の手を取ってジョシュアの部屋から連れ出した。
「まだ僕のコレクション見せてないのにー」
と言うジョシュアの声が後ろから聞こえた。
ジェイムズの部屋はお兄ちゃんの部屋の匂いがした。
ジェイムズと2人きりで部屋にいるのにぜんぜん怖くないし、かえってなんか安心できるって言うか。
私は部屋の中を見回してその完璧さに思わず溜息をついてしまった。
ジェイムズが怪訝そうな顔で私を見たので慌てて言った。
「ジェイムズらしいなあと思って。全てがちゃんとしてる。私の部屋のほうが散らかってて男の子の部屋みたいだもん」
「それじゃ、今度エリの部屋を見せてもらおうかな」
私はマジで慌てて首を大きく振った。
「駄目、駄目。本当に散らかってるから。年末の大掃除で綺麗にしたらご招待します」
「年末なんてまだ先だよ。僕が掃除を手伝ってあげようか」
もっと大慌てして口をパクパクしている私を見てジェイムズはクスクス笑った。
もー、からかわれてる!
「ジェイムズのイジワル」
そう言って拗ねて見せたらジェイムズはごめん、ごめんと言って私の頭を撫でた。
「お邪魔しました!」
私はまだ拗ねたふりをしてジェイムズの部屋を出ようとした。
その瞬間、後ろから長い足を折ってかがんだジェイムズの顔が私の顔の横にあった。
ジェイムズは私の耳に自分の唇が触れるくらい近づいて言った。
「エリの部屋、見てみたいな」
うわぁぁぁー心臓に悪いーやめてー!
私はジェイムズの意外な行動にドキドキしながら階段を降りた。
ジャックはリビングルームのソファーに座って本を読んでいた。
私はジャックのお母さんにケーキとジュースのお礼をして、本を読んでるジャックにまたねと言って玄関に向かって歩き出した。
「ジャック、エリちゃんを送って行きなさい」
お母さん大丈夫ですから…ジャック本読んでるし、それにちょっと不機嫌そうだし…
「じゃあ、送るよ」
ジャックはそう言ってやっぱり不機嫌そうに立ち上がった。
ほらぁー不機嫌オーラ出しまくりのジャックに気を使って大丈夫と言ったんだけど…ジャックのお母さんは目でジャックに早く行きなさいと合図した。
玄関でお母さんにさよならを言った後、仕方なくジャックの後を歩いた。
「ごめんね。本読んでたのに。本当に良かったんだってば。隣だからいくら私でも迷ったりしないよー」
とおどけて見せたけどジャックは無言のまま。
気まずいままうちの玄関に着いてしまった。
私はまた明日ねと言って家に入ったけどジャックは黙ったままだった。
どうしちゃったんだろう。