Love story Chapter one-8
Chapter one-8
9月も終わりに近づきやっと秋の気配を感じられるようになった。
そんなあの日の夜。
あの出来事が全てを変えてしまった。
アイツの涙を見てしまったから。
秋の空に月が輝いていた。
眠れずにいてちょっと夜風にあたろうと電気を点けずにベランダに出た。
あー、気持ちいい。風が体をすり抜けていくようで。
目を閉じて風を感じているとふと人の気配が。
月の光で隣のアイツがベランダにいるのが見えた。
でもちょっと様子が変。咄嗟にしゃがんで陰に隠れた。
アイツが泣いている。
声を出さず、ただ肩を震わせて、なにかに耐えているように。
どうしよう。
見ていちゃいけないような気がしてそっと部屋の中に入ろうとした…
"ガラガラー”洗濯バサミの入ったケースを蹴飛ばしてしまった。
まずい!
思わず立ち上がってしまったその先にはアイツの顔が。
悲しみがいっぱいの瞳に流れる涙。
私は何も言えずそのまま部屋に入って戸を閉めた。
その夜は一睡もできなかった。
あの涙のわけを考えて。
次の朝、体を引きずりながら学校へ。
どうしても昨日の夜のことが頭から離れない。
アイツと話をしたほうがいいのか、しないほうがいいのか。
でもこのままじゃ気になってなんにもできないよ。
やっぱり思い切って話をしてみよう。
放課後、アイツに声をかけた。一緒に帰ろうと。
アイツは何も言わず頷いてカバンを持って歩き出した。
私はいつ話を切り出したらいいか悩みながらアイツの後を歩いた。
アイツは家とは別の方向に歩き出した。
「どこに行くの?道に迷った?」
私が心配で聞いてもアイツはなにも言わずただ歩き続けるだけ。
かなり歩いて小さい公園に着いた。
あれっ、こんな所に公園?知らなかった。
どうしてこんな所知ってるんだろう。
そう思いながらアイツの後を歩きながら公園に入った。
「ねえ、どこまで行くの?なにか言ってよ」
私はなんとか話すきっかけをつかもうと話しかけるのにアイツは黙ったまま。
性格悪すぎない?
そして今まで見たことも無い冷たい目をして私を見た。
「話って?」
「昨日の夜のこと」
思い切って話を切り出した。
「それで」
冷たいイジワルそうな目で私を見つめるアイツ。
「泣いてたよね。見ちゃった」
そう言ってアイツの反応を見た。アイツは何も言わず黙ったまま。
「余計なお世話だけど、どうしてかなって気になって」
うつむきながら私は言った。
アイツは私に背を向けた。
その背が震えているような…泣いているの?
「俺が泣いてたって!」
振り向いたアイツは笑っていた。
「なにがおかしいの!私は心配してたんだから…馬鹿にしてる…もう帰る」
もうやだ。やっぱりやめとけばよかった。心配なんて…こんなやつには…
アイツに背を向けて歩きかけた…
「待てよ、オマエホントはこうして欲しかったんだろ」
アイツは私の腕を掴み、腰に腕をまわして自分に引き寄せた。
「なにするのよ!離して!うぅ…ん」
…私、無理矢理キスされた…どうして…どうしてこんなことするの…
私はなにがなんだかわからなくなって、アイツを突き飛ばした。
そしてただただ走って家まで帰って部屋で泣いた。
だって、ファーストキスだったんだもん。
それがこんな。もうアイツなんて知らない。勝手に泣き笑いしてればいいのよ!
その夜は食欲が無くてご飯も食べずにベッドにもぐりこんだ。
心配したお兄ちゃんが部屋に様子を見に来てくれた時はちょっと具合が悪いとウソをついてしまった。だって、とてもアイツのこと…無理やりキスされたなんて言えないよ。
そんなこと言ったら大変なことになっちゃう…しっかりしなくちゃ。家族の皆に迷惑かけられないもん。
朝、学校をお休みしようかどうか迷ったけど行くことにした。
行かなかったらアイツに負けるようでそれが悔しいから。
家を出るとそこにはアイツが立っていた。
何も無かった顔で私に話しかけてくる。
お兄ちゃんやジェイムズがいる手前、無視することもできず適当に相手をしながら学校に着く。
クラスに入るその瞬間、アイツが私の耳のそばで囁いた。
「欲しいって言えよ」
もう我慢の限界。なによ、ちょっとくらい格好いいと思ってコイツは、ふざけるな。
放課後アイツと関わらないように走って学校を出ようとした時、思わず誰かとぶつかってしまった。
泣きそうになりながら走っていたのでよく前を見てなかった。
「すごいタックル。効いたよー」
顔を上げるとジェイムズが胸をさすりながら笑っていた。
思わず涙が流れてしまった。
なんでこんな優しいお兄ちゃんの弟が悪魔みたいなアイツなんだよー。
突然目の前で泣かれて困っているジェイムズ。
「どうしたの、大丈夫?」
ジェイムズの優しい言葉に張り詰めていた糸が切れてしまったように、私はジェイムズにすがって泣いてしまった。
ジェイムズも普通じゃないことを感じて、私を校庭にある大きな木の陰に座らせて自分もその横に座った。
「なにかあったんだね。僕でよかったら話して」
ジェイムズは本当に優しい。でもあなたには話せない。だってあなたの弟のことなんだもん。
私は落ち着いたので大丈夫、心配かけてごめんなさいと言ってジェイムズと別れた。
家にはまっすぐ帰りたくなかった。こんな顔、見せられないもの。
それにお兄ちゃんや翔に聞かれてシラを切る自信もないし。
そう思って寄り道をした。
そこは私のお気に入りの河川公園。
子供の頃から遊んでいた思い出の場所。
悲しいことがあった時は決まってここに来て川辺を眺めていた。
土手に腰をかけて川辺を眺めていたら突然後ろから抱きしめられた。
耳に息がかかる。アイツだ。
「兄貴といい感じだったな」
「やめてよ、誰かに見られたら嫌!」
私はアイツから離れようともがくけど、力の強いアイツの腕を振りほどけない。
もがけばもがくほどアイツはきつく抱きしめてくる。
「誰も見てなかったらいいってことかい?」
イジワルなことばっかり言う。
「どうしたら離してくれるの?大きな声出すから、それでもいいの?」
私は脅しても駄目だろうと思ったけど言ってみた。
「俺と付き合うと約束するなら離す」
「付き合うってなんなのそれっ、一方的」
「それならこのままずーっとこうしてよ」
「わかった、付き合うから離して」
「じゃあ、その証拠にキスでもしてもらおうか」
「そんなのできないよー。キスってとっても大事なものなんだから…」
私は思わず泣けてきた。
大事なファーストキスを台無しにされた上、無理矢理キスしろなんてひどい。
「昨日、ジャックが無理矢理したキス、私のファーストキスだったんだよ。
泣きながら訴える私を黙って見つめるアイツ。
それまでのふざけた表情が消え、あの夜の悲しみがいっぱいの瞳に変わった。
「悪かった、ふざけすぎた。昨日のことは忘れてくれ…と言っても無理だよな」
そう言うとアイツは私の頬を大きな手でつつみ、じっと私の瞳の奥を覗き込むように長い間見つめた。
そして私の唇にアイツの唇を優しく重ねた。
昨日のキスとは違って優しい、優しいキスだった。
ホントだったら好きな人とこんな感じでするんだったのかな…ファーストキス。
そう思ったらまた涙がこぼれてきた…
「悪かった…2度とエリィにこんなことはしない。許してくれ」
アイツは指で私の頬に流れる涙を拭いて私を抱きしめた。
「エリィ…ごめん、ごめんよ…」
どれくらい抱き合っていただろうか。あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
「月が綺麗。私、月の光にあたるのって好き」
思いがけず見上げた空に綺麗な月が冷たい光を放ちながら輝いていた。
アイツも空を見上げ黙って月を見ていた…
あーいろいろあって疲れたかも…湯舟に浸かって今日のことを思い出していた。
ジャック…
一緒にいるとアイツの悲しみが私の心にも伝わってくる…
なにがアイツを悲しみいっぱいの瞳にさせているの…
河原から帰ってくる時、二人ともずっと黙ったままだった。
でも嫌じゃなかった…なにも話さなくてもなんとなく気持ちつながってるって感じで…
アイツからされた2度目のキス…とっても優しいキス…
アイツなりの謝罪の仕方なのかな…¨忘れてくれ…と言っても無理だよな…¨
無かったことにはとってもできないけど、でも2度目のほうはなんか心にしみたって言うかアイツが心から悪いことしたって思ってるのが伝わってきたような…
だから…アイツを許してあげよう…どうしてそう思えるのか…
今日のアイツの瞳は琥珀色だった…あの瞳を見ていると胸がキュッとする…どうして…抱きしめられた時に感じた腕の強さ…やっぱり
もしかしたらアイツに恋してる?そんなの無い無い。
だってアイツは無理矢理キスしたりワケのわからない外国人なんだから。
アイツよりジェイムズのほうがよっぽど大人で包容力があって私のタイプだもん。
あーわからないっー!ドブン!湯舟の中からブクブク…
昨日はあんなことがあってなんだか眠れなかった割には朝早く目が覚めてしまった。
昨日は昨日、今日は今日。ジョギングにでも行ってリフレッシュしよう。
着替えて家を出る。
うーん、なかなか気持ちがいい。見慣れているいつもの景色が新鮮に見える。
「今日もがんばろー!」
思わず口から出てしまった。
「元気いいね。エリは」
私のすぐ後ろにジェイムズがいた。
「早起きしてジョギング、そしてガンバローコール、なかなか真似できないよ、エライ」
イエイエ違います。そんなに褒められるものではないんだけどな…
でもジェイムズにそう言われるとちょっと気分がよくなった。
この人といるとなんだか気持ちがポジティブになれる。
プラス思考のせいだからだよね、ジェイムズは。
私はジェイムズの横で自然と微笑んでいた。
授業開始ぎりぎりにジャックが教室に入ってきた。
なんとなく私と目を合わせないようにしてる。
昨日のことを気にしてるのね。一応は反省してるんだ。
私は小さい紙をジャックの机に乗せてウインクした。
ジャックが紙を開いて中を読んだ後、私を見て苦笑した。
私は紙にこう書いた。
「ファーストキスの責任、とってもらうから。覚悟しててよ!」