Love story Chapter two-4
Chapter two -4
お父さんが単身赴任先に帰ってしまって、また4人の生活に戻った。
そしてお正月の雰囲気もそろそろ薄れてきた頃、お隣さんがカナダから帰ってきた。
ジャックのお母さんがジャックの風邪の看病のお礼をわざわざ言いに来た。
私は無断で引き出しを開けて薬とかを探したことを詫びた。
「そんなこと気にしないでね。かえってちゃんと薬とか見つけてジャックに飲ませてくれてありがとう。エリちゃんがいてくれて本当によかったわ。ありがとう。ジャックもエリちゃんのような優しい看護婦さんに看病してもらってうれしかったと思うわ。本当にありがとう」
お母さんはそう言って帰って行った。
新学期が始まっていつもの生活に戻った。
ただ今年は大雪で学校に行くのも大変。
すでに道路で何度か転んでいる私は、朝学校に歩いて行くのが恐怖だった。
だって1回目に転んだ時は、ギャラリーいっぱいの学校の校門の前だった。
オーバーのボタンは取れるし、スカートは捲くれあがって凍った道路でおしりや足を擦りむくし、めちゃめちゃ恥ずかしかった。
そんな時、ジェイムズがすっとどこからか現れて転んだ私を引き起こしてくれた。
「エリ、ちょっとすりむけてるよ。大丈夫?だけど…ハデに転んだね」
ジェイムズはそう言って笑ってウインクをした。
「えりには負ける、あーはこけられない…恥ずかしくて」
周りで見ていた友達にからかわれてどーんと落ち込んでしまった。
でも私の横でなにもなかったように歩いてるジェイムズの笑顔を見ていたら、
転んですりむいたおしりも足も痛くなくなっていた。
「エリ、今日一緒に帰れる?あの木の下で放課後待ってるから」
そう言ってジェイムズは3年生の教室のほうへ歩いて行った。
なんだろう、ジェイムズが一緒に帰ろうって。
偶然一緒に帰ることはあっても、待ち合わせて帰ることは無かったから。
大雪が降ってもやっぱり省エネだから暖房はあんまり入ってない…
私はヒーターのすぐそばだからまだいいけど…
少しヒーターの温度が上がったのか顔がポカポカしてきた。
あー、眠くなってなってきてしまった。
まずい…でも気持ちいいだろうなあ、このまま眠れたら。
瞼、閉じちゃ駄目だよー。本当に寝ちゃう…
でもフワフワして気持ちがいい…
誰かが遠くでなんか言ってる…
誰だろう…
ジャック?
ジャックの低くてハスキーな声、大好き…いつか目覚まし用のメッセージ、録音頼もうかなあ…
うーん、そうだよー、鶴の中に書いてあった意味も聞きたいな…いろいろ聞きたいことがいっぱいあるの…
でも顔を見ると言えなくなっちゃう…ジャック…
ジャックの声がする…エリ、おはよう。朝だよ、起きて…
「起きろー!」
その声で慌てて顔を上げると、恐い顔をした先生が私の前に立っていた。
ひぇーっ!
隣を見るとジャックが笑いをこらえて横を向いている。
起こしてくれればよかったのにー!イジワル!
「えり!授業中、居眠りしてた上にまあ、寝ぼけて寝言までデカイ声で言ってたぞ。いい根性してる」
顔からサーッと血の気が引いていくのがわかる。
まずい!何を言ったんだろう。
祐美を見ると両手で顔を覆っている。
まさか…ジャックの名前でも言っちゃったとか。
今度は全身の血が頭に逆流してくるかのように顔が真っ赤になってく。
先生は私が青くなったり赤くなったりするのを見て苦笑して言った。
「もう居眠りするなよ。寝言を聞かされるのはもういいからな」
みんながプーッとふきだして笑った。
またやってしまった。穴に入りたい。
後でジャックになんか言ってやろう!どうして起こしてくれなかったのって…もう。
放課後になった。みんな、帰り際にニヤニヤしながら私を見て行く。
もう、なんて言ったんだろう。気になるよう。
祐美に聞いてもジャックに聞けって言うし。
でもジャックはどっか行っちゃったし。
うーん、どうしよう。あっ、ジェイムズと約束してたんだ。
早く行かなきゃ。待たせちゃ悪いよね。
急いで教室を出て約束の場所に向かった。
もちろん木の下にジェイムズは来ていた。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」
私達はバースデーパーティーの日に映画を見た後に寄った喫茶店に入った。
「もう、パーティーの日から2ヶ月以上も経つんだね。早いなあ。ちゃんとプレゼントしてるよ」
私はそう言ってブラウスの下に隠してつけているネックレスを引っ張り出して見せた。
「ジェイムズ、クリスマスカードありがとう。でも私、返事出さなくてごめんね。家族で出したほうに名前書いただけで」
「エリの家族からカードもらってうれしかったよ。日本のことが思い出されて早く帰りたくなった」
お世辞でもそう言われるとうれしくなるなー。
私もジェイムズ達がいなくて淋しかったし。でもどうしよう、ジャックのこと聞いてもいいのかなあ。
私はちょっと迷ったけど思い切って聞いてみた。
「ねえ、ジェイムズ。どうしてジャックだけ早く帰ってきたの?向こうでなにかあったとか?」
ジェイムズの顔が暗くなってしまった。やっぱり聞くんじゃなかった。
「ジャック、私にはこっちで用事があるからって言ったんだけど…」
「…ジャックはエリに会いに帰って来たのかも…」
悲しそうに微笑んでジェイムズは言った。
なんか空気が重い…話題変えないと。
「ねえ、ジェイムズ。どうして今日誘ってくれたの?」
「そうだった、エリに渡したいものがあって。これ」
ジェイムズがカバンから小さい袋を取り出した。
「ありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ」
ジェイムズから袋を受け取って開けてみた。
中には7色に輝く石が入ったキーホルダーが入っていた。
「すごく綺麗!7色に輝いてるー」
「これはね、アンモライトって言うんだよ。貝の化石でロッキー山脈の一部でしか取れない貴重なものなんだ。クリスマスのプレゼント兼おみやげかな」
「ジェイムズ、ありがとう。でも私、なにも用意してなかった。クリスマスのプレゼント」
「エリにはいつも元気もらってるから気にしないで。でも一つだけわがまま聞いてもらえるかな」
「なんでも言って。ジェイムズのお願いだったらいいよ」
なんだろうー。こんなに改まって。
「それじゃ、このキーホルダーをエリのカバンにつけて欲しいんだ」
えっ、ちょっと拍子抜けした。
ジャックだったらとんでも無いこと言うだろうけど、ジェイムズだから安心はしてたんだけど。
「もちろん。今つけるね」
私はカバンにジェイムズからもらったキーホルダーをつけた。
なんかカバンにつけるのはもったいないような気がしたけどジェイムズの希望だから。
ジェイムズは満足したように微笑んだ。
喫茶店を出て家まで2人で歩く。
途中クラスの子達とすれ違った。
その子達がクスクスと笑って通りすぎるのを見てジェイムズが怪訝そうにした。
「ジェイムズのことじゃないよ、笑ってるの。私のことなの」
私は溜息をついてジェイムズに学校であったことを話した。
「居眠りして寝言まで言ったのかい?」
「そうなの。ひどいでしょ。笑っていいよ」
「でも寝言、なんて言ったの??」
「誰も教えてくれないからいいの、もう」
「祐美ちゃんも教えてくれないのかい?」
祐美にジャックに聞くように言われたとは言えなかった。
だってどうしてジャックなのかジェイムズだったら気づきそうで。
「ジャック、エリの隣の席だったよね。聞いてみようか?」
「大丈夫、明日には皆忘れてるだろうから。ジェイムズも忘れてね」
ジェイムズがジャックに聞くなんて言うから、焦っちゃって私は早歩きになってしまった。
そして私に追いつこうとするジェイムズを、置いていくフリをして走った。
カバンにつけたアンモライトのキーホルダーが夕日に輝いた。
ジェイムズに追いつかれて私は立ち止まった。
「エリ、つかまえたよ」
「うん、つかまっちゃった」
「エリ、ネックレスが後ろに回ってるよ」
そう言ってジェイムズがネックレスを直してくれた。
その時ジェイムズの指が私の首に触れて止まった。
「本当は別にあるんだ、僕のわがまま」
ジェイムズは私の頬を両手で包んでじっと見つめる。
「エリを抱きしめたい」
ジェイムズの瞳に見つめられて言葉を失った私はジェイムズの胸に顔を埋めた。
その私をジェイムズは抱きしめて息を深く吸った。
「エリはいい匂いがする…ずっとこうしていたいな」
ジェイムズの胸の中はとても安心できる。私のわがままも全て受け入れてくれるような。
「僕もエリのお父さんに会いたかったよ」
突然、ジェイムズがそんなことを言ったのでびっくりしてしまった。
「私のお父さんに?どうして?」
「ジャックはエリのお父さんとお酒飲んだって言ってた。会ってみたかったな、僕も」
そんなこと言ったんだ、ジャック。
「今度お父さんが帰って来たらジェイムズ会ってね。絶対2人、話合うと思うから、ねっ」
わかったと頷くジェイムズを見て私は大きく微笑んだ。
そして大晦日や初詣にあったことをジェイムズに話しているうちに家に着いた。
門のところまで来るとジャックが立っているのが見えた。
「なんだ、ジェイムズと一緒だったのか」
私を待ってたの?ジャック。
私はなにも悪いことしてないんだけどなにも言えなくて黙っていた。
ジャックの視線が私のカバンについているキーホルダーに止まった。
そして一瞬ジェイムズを見たと思ったら、なにも言わずそのまま家の中に入って行ってしまった。
「ジェイムズ、どうしたんだろう、ジャック」
「エリ、ごめんね。様子見てくるよ。じゃあまた明日」
そう言ってジェイムズも家の中に入って行った。
私はジャックの様子が気になってしょうがなかった。
でも向こうの家まで押しかけるのも変なので自分の部屋の窓からジャックの部屋の窓を見つめた。
ジェイムズとジャック、今頃2人で話ししてるのかなあ。
それにジャックに聞くのにいいチャンスだったのになあ、学校でのこと。
私が寝言でなんて言ったか。これで聞けなくなっちゃったかも。
明日になったらジャック、教えってくれなかったりしてー。もういいや、忘れよう。
クラスのみんなも明日には忘れてくれてるだろうし。明日考えよー。
コツン、コツン。お風呂に入ってベッドに横になっていたら窓になにかあたる音がした。
なんだろう、そう思ってカーテンを開けてみたらジャックが窓を開けてこっちを見ている。
そしてなんか手に持ってこっちに掲げた。
"知りたくないか?"
ジャックが掲げた紙にはそう書いてあった。
私も紙を取り出してジャックのほうに向けた。
"何を?"
"寝言!"
ジャック、やっぱり聞いたんだ!私の寝言!
"知りたい!"
私達は紙に書いたメッセージをお互い出し合った。
"じゃあ、下に下りて来いよ"
"うん"
紙には書けないことなのかなあ。
私は下に降りて行ってこっそり外に出た。
うーん、寒いよおー。オーバーを羽織って出てきたのにやっぱり寒かった。
ジャックが音を立てずに垣根を越えてうちの庭に来た。
「寒いから早く教えてよ。私、なんて言ったの?どうしてクラスのみんなが笑ったの?」
「こっちに来いよ、そんな大きな声出すとオマエの家族にも聞かれるぞ」
小さい声でも聞こえるように私はジャックに近づいた。
「ほんと、手がかかるなオマエは」
そう言ってジャックは私を自分のオーバーコートの中に入れて抱きしめた。
「これだったら寒くないだろ。それに小さい声でも聞こえるしな。それにしてもいい匂いだな、オマエの髪」
ジャックもお風呂に入ったばっかりなのかシャンプーの匂いがした。
「ジャックもいい匂いだよ、お風呂入ったばっかりでしょ。暖ったかいもん。それより私の寝言」
「あっ、それか。うーん、なんだったかなあ。なんかいまいち思い出せないような」
「ジャックのイジワル。そうよ!どうして起こしてくれなかったのよ。先生が来る前に」
「起こそうとした。でもオマエ、それどころかデカイ寝言言い出してさ」
なんだ、起こそうとしてくれたんだ。やっぱり遠くで聞こえた声はジャックだったんだ。
…という事は、やっぱり私、言っちゃったとか…
「大好きって言ったぞ、オマエ」
やってしまった!やっぱりそんなことを言ってしまったんだ。
もう学校、行けないよー!
「ハスキー、大好きって言ったんだ。オマエ、ハスキー犬の夢でも見てたのか?」
はぁっ?ハスキー犬?なんだそりゃ?
あーっ、ジャックのハスキーな声が大好きっていうところが切れて、ハスキー大好きになった訳ね。
あー、よかった。心配したじゃないのよーもう。
祐美がもったいぶってジャックに聞けなんて言うから。
私がほっとしている所を見てジャックが言った。
「まあ、クラスのみんなに聞こえたのはそれだけだったけどな」
「えっ。私、もっとなにか言ったの?」
「あ、言ったなあ…」
「教えてよ、もう。ジャックのイジワル。もう中に入るから」
ジャックのオーバーから出ようとする私を抱きしめなおして耳元でジャックが囁いた。
「こうやっていたいんだよ。すぐ教えたらオマエは行ってしまうだろ」
赤面するよー。恥ずかしいことをさらっと言ってのけるから、ジャックは。
「教えてくれなくても行っちゃうよ。ねえ、なんて言ったの?」
ジャックは私の髪に顔を埋めて息を吸った。
「俺に聞きたいことがあるって、オマエ寝言で言ってた。俺がなにもオマエに話さないって」
「そんなこと…私言ったの?覚えてないよー。聞き間違い!気にしないで」
とぼけて言ったのにジャックは真面目な顔をして私を強く抱きしめてくる。
「エリィ、俺の…なにを知りたい」
本当に聞いてもいいのかなあ。前みたいに怒ったりしたら嫌だし。
「ジャック、怒ったりしない?」
「しないよ」
私が思い切ってジャックに聞こうとしたら2階の窓が開く音がした。
まずい!誰か起きたのかなあ。
私とジャックは家の陰に隠れて息を潜めた。
ベランダを歩く音が聞こえたけど、部屋に戻って行った様子。
あー、よかった。誰だったんだろう。
「もう、中に入ったほうがいいみたい。かなり寒くなってきたし。おやすみ、ジャック。寝言、教えてくれてありがとう」
ジャックはちょっと不満そうだったけど、頷いて垣根を越えて自分の家に帰って行った。