Love story Afterwards -6 (Ryo)

Afterwards - 6(Ryo)

  

えり達が無事カナダから帰ってきた。

スーツケースを開けてたくさんの荷物を出しながら、嬉しそうに話をするえり。

向こうでの様子はジェイムズがメールで知らせてくれていたのでそんなに心配はしてなかったけど、楽しく過ごしてきたようなので安心した。

母親は大丈夫だってわかっていてもえりとジャックソンのことを心配しては、毎日溜息をついていた。

やっぱり2人をずっと手元に置いておきたいんだろうけど、それはジェイムズ達だって同じなんだよな…どういう想いで向うの両親、ジョシュアそして…ジェイムズが2人を空港で見送ったのか…そう思うと辛い。

でも…えりとジャックソンが帰って来てくれてうれしいよ。

これでまた家族揃っての日々が戻ってくる。

そう言えば父さんもジャックソンの1歳の誕生日には単身赴任先から帰って来るらしい。

父さんはジャックソンが生まれてから変わった。

今までは頑なに、えりとジャックのことを自分の心の中から抹殺しようとしてた。

でも…今ではジャックソンに名前を呼ばれて嬉しそうにしてる。

おじいちゃんになったんだもんな…

俺はそんなことを思いながらえりを見つめていた。

「やっぱり疲れちゃった…。お風呂に入ってちょっと横になってもいいかなぁ」

エリの言葉にハッとする。

それはそうだよな。独りで飛行機の中、ジャックソンのお守りをしてきたんだから。

「ジャックソンもお風呂に入ったら眠くなって寝てくれるんじゃないか」

「そうだといいんだけどね。じゃあ、ちょっとごめんね」

えりはジャックソンを抱いてバスルームに向かった。

「お姉ちゃん、ちょっと疲れてるようだね。ジャックソン、今晩は寝てくれるといいんだけど…

翔はジャックソンの夜泣きのことを言ってるんだろう。

俺達もジャックソンの夜泣きでかなり参っていたから。

でもジェイムズの話では、向うでジャックソンはよく寝ていたらしい。

なにが違ったんだろうか…

 

もうすぐジャックソンの1歳の誕生日だ。

えりはパーティーをするって張り切ってる。

母さんと2人で楽しそうに計画を立ててる姿を見ると、どうしても思わずにはいられない。

ここにジャックがいてくれたらと…

ジャック…どうして逝ってしまったんだ…おまえの愛したえりを残して…

なんか今まで張り詰めていたものがここに来て緩んでしまったのか。

…こんなんじゃ駄目だ。これからもえりを支えていかなきゃいけないのに。

弱気になってどうする、しっかりしろ!

涙が出そうなのを堪えて、気持ちを奮い立たせた。

  

今日はジャックソンの誕生日。

家族とえりの高校からの友達の祐美ちゃん、お産でお世話になった佐々木先生。

本当に2人を心から大事に思う人達に囲まれてジャックソンは1歳になった。

いろいろなことがあって、あっという間のことだったと思えるし、長かったとも思える。

あれから1年が経ったんだな。

リビングルームは綺麗に飾りつけがされていて、テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいる。

ジャックソンが食べられるように味は子供用だけど。

パーティーハットをかぶるジャックソンの写真を撮る。

スカイプでカナダのジェイムズ達と一緒に誕生日の歌を歌う。

えり達が帰って来てから、俺とジェイムズでセットアップした。

もっと早くから利用してればよかったんだけど…

たくさんのプレゼントに囲まれてうれしそうなジャックソン。

この日を迎えるまでにどれくらい心から血を流すような思いをしたことか。

でもこうやってジャックソンが1歳になったことを祝えることに、感謝の気持ちでいっぱいだ。

無邪気に笑うジャックソンの横で幸せそうに微笑むえり。

その笑顔の内側にある気持ちを思うと心がつぶれそうだよ。

ジャックが恋しいだろうに。

ジャックと同じ瞳を持つジャックソン。

この瞳で見つめられるとアイツと過ごした短い時間が思い出される……

 

アイツがえりに想いを寄せていたのはわかっていた。

そして…ジェイムズの気持ちにも。

俺は…兄として、ジェイムズだったら許せるって思った。

ジャックにはなにか、隠されたものがあるって感じてた。

そしてジャックとジェイムズの間で揺れるえりの気持ち…

短い間だったけどいろいろなことがあったんだ。

あの時…、俺は確信したんだ。

ジャックとジェイムズのえりに対する想いを…

地震の時、必死にジェイムズを庇ったえり。

一生懸命にジェイムズを看病する姿を見て、俺の心は揺れた。

ジェイムズだったらえりを任せられるって…思う気持ち…

俺から離れて行こうとする妹を自分の腕の中に抱えておきたいという気持ち…

病院でジェイムズとえりの間になにかあったことはすぐにわかった。

それは俺だけじゃなかった…ジャックは隠そうとしなかった。

本当にいろいろなことがあった…

スキーに行った時、えりは俺にウソをついた。

大人になってきた妹を認めたくなかった。

でも…いつまでも俺の小さな妹じゃいられなかったよな。

 

ジャックソンの誕生日から少し経った頃から、えりになにかが起こっていた。

真夜中、えりがベランダに出る音を聞いた。

ただ外の空気でも吸ってるんだろうと思って寝ようとしたけど、胸が騒ぐのでベランダに出てみた。

えりは隣の家の方を向いて佇んでいる。

「えり、どうしたんだ?」

声をかけてみた。

「ジャックの部屋の灯りが消えたままなの、病気でもしたのかなぁ」

えっ、えり。今、なんて言ったんだい…

「明日、様子見に行ってみよう」

そう言うとえりは部屋に入って行ってしまった。

俺は今起きたことが理解できず、呆然としたまま暫くの間そこに立ち尽くしていた。

次の日の朝、えりはいつものえりだった。

ジャックソンに朝ご飯を食べさせながら俺にコーヒーを入れてくれる。

「えり、隣は旅行に行ってるんだったよな?」

なんでそんなことを聞くのかという顔をしてえりが答える。

「そうみたいだよ。お母さんが留守中よろしくって頼まれたって。いつもはぜんぜん挨拶も無いのにこんな時だけってブツブツ言ってたから。でもどうして?」

「いや、念のためって言うか。毎晩家の中が真っ暗だから、ひとめで留守だってわかるよなって思ったんだよ」

えりはふーんと鼻を鳴らしてジャックソンの顔をタオルで拭いた。

昨晩のことは夢だったのだろうか…

それとも俺の聞き間違いだったのかもしれない。

その夜、俺はまたえりがベランダに出る音で目を覚ました。

まさかと思ってそっとベランダに出て様子を窺う。

えりは隣の家の方を向いて泣いている。

「ジャック…、どうして会いに来てくれないの?私はここにいるよ、ジャック」

どういうことなんだよ…

黙って見ているとまたなにも無かったように部屋の中に入っていく。

ベランダからえりの部屋を覗くとすでにえりはベッドに入って寝ている。

寝ぼけてるっていうのか?

それにしてはえりの言った言葉がハッキリと耳に残っている。

えり…どうしたんだよ。

頭の中にいろいろなシナリオが渦巻いて一睡もできなかった。

重い頭を押さえながら階段を降りてリビングルームのソファーに体を埋める。

その俺にえりがコーヒーを持ってきてくれた。

「なんかすごい顔してるよー、お兄ちゃん。どうしたの?」

そう言って俺の顔を覗き込むえりは本当にいつものえりだ。

どうしたってゆーんだよ。

「えり、おまえ…夜寝ぼけてベッドから落ちたりしてないか?ドスンと音がしてたぞ」

「なーにそれー?私は寝ぼけてそんなことしてないよー。お兄ちゃん、夢でも見てたんじゃないの?」

クスクス笑いながらキッチンに戻って行くえりの後姿を見て思った。

まさか…

 

大学の講義の合間にパソコンで検索する。

"スリープウォーク"

睡眠の途中で起き上がってした動作を何も記憶していない病的症状。

夢中遊行症。夜中に家の中や路上を徘徊し、また自分のベッドに戻る。

翌朝はなにも覚えていない。持続は20~30分のことが多い。

えりのパターンと似てる…

なにが引き金でこうなったのか…それを突き止める必要がありそうだよ。

俺はえりの行動を思い起こしてみた。

そしてあることに気付いた。

そこにえりのスリープウォークの謎を解くカギがあるに違いない。

 

ここには無い…どこにあるんだろう。

机の引き出しを元に戻す。

えりが風呂から上がってくる前に探し出さなければ。

えりの部屋の中を見渡す。

ベッド脇のサイドテーブルの上にあるジュエリーボックスに目が止まった。

開けると中には折鶴が入っていた。

そしてその下にそれは大事にしまってあった。

「これだ…

そっと取り出して自分の部屋に戻り、机に座ってパソコンの電源を入れる。

そしてえりの部屋から持ってきたそれを見つめる。

「ふーっ…

溜息が洩れる。

いいんだ…これで。

えりのためだ…自分に言い聞かせて手の中にあるUSBメモリをパソコンに差し込む。

ジャックの残したUSBメモリ…

持ってて欲しいとジェイムズがえりに渡したものだ…

ここになにかがあるはず…

パスワードが設定されている…。

ジャックだったら…これしかないだろう…。

E R I と入力する。

やっぱり…そうだと思ったんだ。

画面が変わった。

中にはファイルが1個だけ…ファイル名ERIをクリックする。

これは…

そこにはジャックの日記が…

本当に読んでもいいのだろうか…日記なんてパーソナル過ぎる。

でも…やらなくては。

えりのためにも…ジャックソンのためにも。