Delicious Main 10

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「じゃあ、健太郎…後でね」

電話を切る。

あの温泉旅行から私の中に健太郎に対して特別な感情が生まれた。

今まで誰にも話すことが無かった自分の気持ち…。

ジェシーにもこんなに自分自身をさらけ出したことは無かった。

でも健太郎には素直になれた。

健太郎は…私を受け止めてくれた…。

そして私に勇気をくれた…。

両親から逃げず…向き合うために…。

これから健太郎にあって報告することがある…。

私、逃げなかったよ。

ちゃんと向き合ってきたから…。

今まで私達は父親の話をするのを避けてきた。

でも勇気を出して聞いてみたい…カードのこと、そして離婚のことについても…

もう成人したんだもん、なにを聞いても大丈夫だから…。

お願い。教えて、お母さん。

母親は話してくれた。

突然届いたカードのこと、そして離婚のいきさつ。

一方的に父親が悪いわけではなかった。

2人の間に生まれたすれ違い…。

母親のホームシック…。

私が知らなかった真実…。

遠い昔を思い出すように話す母親を見つめた。

 

私が生まれて生活環境が大きく変わってしまった母親は、そのストレスでホームシックになってしまった。

一時的に日本に住みたいと主張する母親と住むのは無理という父親の間に埋められない溝が。

私が成長していく中で両親は幸せな父親、母親を演じようとしたけど、1度できた溝は深くなるばかりだった。

そしてその頃には、2人はベッドルームが別々になっていた。

それはオーストラリア人の父親にとって、別れたのと同じようなことだった。

…そして…父親の浮気…。

父親の浮気が発覚してすぐにでも日本に帰ると泣き叫ぶ母親に、私のためにもう一度やり直そうって謝った父親を母親は許さなかった。

日本に帰ってきて、私と父親の繋がりは母親によって一切断たれてしまった。

だから私はずっと父親に捨てられたんだと思ってた…。

 

「そうじゃないのよ…ナオミ。ダディはあなたをずっと愛してる…」

母親が引き出しの奥から束になった父親からのカードを取り出す。

バースデーとクリスマスにはずっとカードを送り続けてくれていた父親。

母親がどうしても許せず私に隠してきたという。

それに家を売って父親がつくった慰謝料も全部私の名義になってるって…。

別れる時に2人で話し合って、このお金は私のためにって残してくれていた。

忘れられてたんじゃ、捨てられたんじゃなかった…。

私…ダディに愛されていた。

うれしくて涙が出てきた。

でも母親は泣き崩れてしまった。

「本当のことを話したらナオミが向こうに行ってしまうんじゃないかっていつもビクビクしてた。だから向こうとの繋がりを遠ざけてしまった。でもひどいことをしてしまった。ナオミにもあなたのダディにも。許して…だけど信じてね…私はナオミがとっても大事だから…あなたの幸せを1番に考えてきた…。だからあなたのダディからもらったお金も使わなかった。本当に大変でどうしようって思ったことが何度もあった。でも…あなたの顔を見るたびに私はがんばれた」

「お母さん…私は幸せだったよ。お金無くて大変だったけど、でもいつもお母さんがいてくれたもの…」

「ナオミ…」

大好きなお母さん…。

私、もう大丈夫だよ。

「お母さん、どうしてカードを見せてくれたの…」

「ナオミも20歳になって成人したから…それに大人になったもの…特にこの頃。それに新しい彼氏ができて私の中で気持ちの整理がついたような気がしたから。だからナオミにも話さなきゃって思ってたんだけど勇気が出なかった。許してくれる?」

「もちろん、お母さん。私を愛してくれてありがとう。聞いてもいい?ダディの連絡先。教えて…電話したいの、いいでしょ、お母さん」

ダディの声が聞きたかった。

「喜ぶと思う。ナオミ…ダディによろしく言っててね。それにカードごめんなさいって」

「うん、わかった、お母さん。うまく言っておくから…」

なんて言おう…私ってわかるかなぁ…切られちゃったらどうしよう…。

もう考えててもしょうがない!電話しちゃえっ!

私は電話番号を押してしまった携帯を握りしめた。

 

「そっかぁ…清々しい顔をしてるよ」

満足そうな表情で健太郎が私の頭を撫でる。

待ち合わせの場所。今日はいつものラブホじゃない。

でも健太郎の笑顔は以前のまま。

「それでお父さんとはどうだったの?」

「2人とも緊張してしまって…でも気持ちは伝わったと思う…」

「そうなんだ…よかったね」

「私、健太郎が言ったようにずっと2人に愛されてた…形は違うけど2人ともいっぱいいっぱい私を愛してくれている。私、愛されてる。ありがとう、健太郎のおかげだよ」

テレながら頭をかく健太郎。

ほんと…健太郎がいてくれたから…。

「健太郎と温泉に行けてよかった。じゃなかったら…今こうしてなかったと思うもの」

「ナオ、本当にそう思うの?」

腕組みをして私をじっと見つめる健太郎。

「ほんとだってばー。健太郎」

「そうかなぁ…僕はそう感じなかったけど。温泉でナオは僕を避けようとしてた。一緒にいたくないんだって思ったよ。だから…ちょっとイジメたくなった、ナオのこと」

あー、だからだ!なんかいつもと違うって思ったんだもん。

「十分イジワルだったよー、健太郎。もう泣いちゃうくらい。だから許してね」

腕組みしてる健太郎に体を寄せて背中に腕を回した。

「健太郎…私が眠るまで抱きしめていてくれてありがとう。健太郎の腕の中のぬくもり…忘れないよ」

「ナオ…よかった、よかったよ…。そうそう…」

赤くした顔を横に向けて、大げさに思い出したように健太郎が言った。

「僕もナオにありがとうって言わないとね。報告があるんだ。目標達成したんだよ」

エッ、目標達成って10分?

「僕も信じられないよ、ちょっと前までは3分切ってたなんてさっ!ナオのトレーニングのおかげだよ。ありがとう」

「やったねー、健太郎。おめでと!お祝いしないとね!」

「うん。じゃあ、これから飲みいこー。ナオ、今晩付き合ってもらっちゃうよ」

「お祝いだもん。のぞむところよ!」

健太郎と腕を組んで夜の街へ。

私…嬉しいよ、健太郎。

でも…これってお別れってことだよね、健太郎と…。