Love story Afterwards -13 (James)

Afterwards -13(James)

 

11月になった…今年は例年に比べて寒い。

もう池には薄く氷が張っている。

エリはあの日から寝込んでしまって1日をベッドで過ごす毎日。

心配した両親が医者を呼んだりした…でもエリは糸の切れた操り人形のようにただベッドに横たわっているだけだった。

大学から帰って来ていつものようにエリの様子を見に行く。

母親はジャックソンの世話の疲れが出てきているようでソファに横になっていた。

ジョシュアの部屋で遊んでいるジャックソンにキスをして、エリが寝ているジャックの部屋のドアを開ける。

………

エリがいない…

「ジョシュア!」

思わず声が大きくなってしまった。

「エリがいない。気付かなかったのか!?」

急いで1階に降りた。

どこへ行ったんだ、エリ。

まさか…あそこへ。

俺はただあの場所へ突っ走った。

エリ…間に合ってくれ。

 

肩で息をしながらひっくり返りそうになってる肺に無理矢理酸素を送り込む。

夢で見た…ジャックの立っていた…あの池に着いて周りを見渡す。

やっぱり…ここか…

池に張った氷の上にいるエリを見つけた。

エリ…そんなとこでなにをしてるんだ…危ないよ…

今にも割れそうにミシミシと音を立てている氷。

エリ…

俺は助けに行こうとした…

でも走って追いついてきたジョシュアに止められた。

「余計に氷が割れてエリが落ちてしまうよ、ジェイムズ」

どうしたらいいんだよ…

「エリ、こっちに歩いておいで」

俺が声をかけてもエリはなにも映っていない瞳で遠くを見つめたままだ。

その間にも氷にはミシミシと亀裂が入っていく。

そんな中、エリは空を見上げて呟いた。

「ジャック、あなたが落ちた海の水は冷たかった?」

まさか…ジャック…オマエは…

俺は空に向かって叫んでいた。

「ジャック、オマエはエリを連れて行こうとしてるのか?」

エリが目を閉じて両手を天に掲げた。

ミシ、ミシ、バリバリ

ついに氷が割れて冷たい水の中に落ちるエリ。

それでもなにもしないで沈んでいく。

俺は池に飛込んでいた。

体中を針で突き刺されるような感覚に息が止まりそうになる。

でも…エリを助けなきゃ。

たったちょっとの距離なのに体が前に進まない。

神様…

なんとかエリの所まで辿り着いてエリの腕を掴んだ。

でも…生きようとしないエリの体は重くて引き上げられない。

このままじゃ2人とも駄目だ。

俺は最後の力を振り絞って言った。

「生きてくれ、皆や、ジャックソンのために…そして俺のために。エリ…愛してる、ずっと愛してる、出逢った時から。そしてこれからもずっと傍にいて君を愛し続けるから、だから…」

ゴボッツ…冷たい水が喉を通って胃の中に氷の矢のように突き刺さる。

俺は…俺はエリと生きたい…

沈みながら叫んだ俺の目を真っ直ぐ見つめるエリの瞳に涙が光った。

そしてエリは俺にしがみついた。

「ジェイムズ…」

 

救急車の中で俺に何度も何度も泣きながら謝るエリの手を強く握り締める。

「エリ…もういいんだよ。君がここにいてくれるだけで…それだけで俺は…」

「ごめんなさい…ジェイムズがいなかったら私は…私は…」

俺は冷たいエリの頬に自分の頬を寄せた。

愛してる…エリ

もうなにも気にすることなんか無いんだ。

俺は…俺は…

 

病院に着いて治療を受けた後、エリは病室に移って眠っている。

まるで白雪姫のような可愛らしい寝顔で穏やかな寝息をたてながら。

俺はその横顔をじっと見つめる。

よかった、大事に至らなくて…

エリが寝ている間、俺自身の診察を済ませるように看護士から言われたけど、エリから離れるなんてできなかった。

愛しくて、愛しくてどうしようも無いんだよ。

俺の手の中にあるエリの小さな手にそっとキスをした。

「うーん…」

エリが目を覚ました。

「エリ…気がついたんだ…よかった、気分はどう?」

抱きしめたくなるのを抑えて頬に軽く触れた。

「うん…ちょっと頭が重い…」

「重いだけで痛くは無いのかい?薬をもらおうか?」

「大丈夫だと思う…でも…ジェイムズ…私…」

起き上がろうとするエリの体を俺は優しく抱きしめた。

「エリ…なにも考えずに今は休んで」

「ジェイムズは大丈夫?私のせいでジェイムズになにかあってたら…私は…」

「俺はなんとも無いよ、心配しないで」

エリの体にブランケットをかけ直す俺を見つめながらエリは言った。

夢をみていたと…

「私…とても静かで穏やかな気持ちになれる場所で目が覚めたの…そして…」

エリは大事なものを思い出すかのように言葉を続けた。

「池に落ちてジェイムズに助けられた後から記憶が無くて…なにも思い出せなかった。ここはどこかなって周りを見渡しても誰もいなくて、ただ広い草原の中に私ひとりきりだった。そこに白いモヤがかかってきて、その中から誰かが近づいて来るのが見えたわ。私…ジェイムズかなって思った。でも…それはジャックだった。大好きだった笑顔を浮かべて私の名前を呼んだの。私、思いっきり駆け出してジャックの胸に飛込んでた。逢いたくて、逢いたくて…もう一度抱きしめて欲しかった。話したいこともいっぱいあった…ジャックソンのこと…それにジャックの日記…エミリーのことも。でも涙があふれて言葉が出て来なくて…ただジャックにすがって泣いちゃった…私…」

……………

 

「エリィ…逢いたかった」

ジャックが私の髪を優しく撫でながら言った。

「ジャック…逢いたかったの。ずっと…ずっと待ってた、また逢える日が来るのを」

ジャックの胸の感触…最後になってしまったあの日の想いが蘇る…

「ジャック…ジャック…」

「エリィ…ジャックソンを育ててくれてありがとう。俺に似てハンサムでいい子じゃないか」

もう…ジャックったら。思わず笑っちゃう…

「やっぱりエリィは笑ってるほうが可愛いよ。そのほうがいい。エリィには悲しい顔はさせたくなかったのにな」

ジャックの大きな手が頬に触れた。

「私、幸せだよ。ジャックに逢えてジャックソンが生まれてなにも後悔なんかしてない…ただジャックがいてくれたらって…」

そう…ジャックがいてくれたら…

「逢いたかった…もう離さないで。独りぼっちにしないで、ジャック。何度心の中であなたを求めたか…」

「俺だって…俺だってエリィに逢いたくて…もう一度抱きしめたいって…エリィ…」

ジャックの唇の感触…私、覚えてる…忘れてなんか無い…。

恋しくて、恋しくて…

それにどうしても伝えたいことがあった…

「ジャック…ごめんなさい。私あなたの日記…読んだの。USBメモリに残してあった…それでどうしても伝えたいことがあったの。私にエミリーのことを伝えようって悩んで、苦しんでたジャックをわかってあげられなくてごめんなさいって。日記を読むまではどうして言ってくれなかったんだろう信用されてなかったのかなとかって思って悲しくなってたりして。でもジャックの気持ちを知って、もう一度だけでもいいから会って言いたかった。あんなに私を愛してくれてありがとうって…」

「エリィ…エリィ…」

ジャック…ジャックの唇から洩れる私の名前…

「ありがとう…エリィ…愛してるよ」

「愛してる…ジャック。私達…ずっと一緒だよね。」

でも…ジャックは悲しそうに私を見て言った。

「エリィ…あまり時間が無いんだ。もう行かなくちゃいけない」

「私もジャックと行く、もう二度と離れたりなんかしない…」

イヤイヤと頭を振る私をなだめるように…そして諭すかのようにジャックは言った。

「エリィはまだ駄目だよ、俺とは一緒に行けないんだ。エリィにはまだまだやることが残ってるから」

「やることが残ってるって…」

「そうだよ、エリィにはとっても大事なことが…」

ジャックが私の左手の薬指を優しく撫でる。

「幸せになることだよ…ジェイムズと」

「違うよ…違うの。ジェイムズとは…私は…そんな…こと…」

ジャックはフッと息をついて少し淋しそうな顔をした。

「エリィ…自分の気持ちに正直になって欲しい。俺はエリィを責めたりなんかしないよ。むしろエリィが自分の気持ちの通り生きてくれるほうがうれしいんだ」

でも私は…

「イヤっ…私…ジャックと一緒に行く…」

「エリィ…霧の中に誰を見たのか思い出してごらん。エリィが呼んだ名前は俺じゃなかったはず…」

ジャックに言われてハッとした。

私…ジェイムズの名前を呼んでた…

心の中に浮かんだのはいつも変わらず私の横で優しく微笑んでくれるジェイムズだった。

「ジャック…私…わからない…私はあなたを愛してる…なのに…」

涙が溢れてきて言葉が続けられない…

「いいんだよ…エリィ。エリィの気持ちはわかってる…俺を愛してくれてありがとう。俺は幸せだった…エリィに逢えて…短い時間だったけどエリィを愛することができて。エリィが笑って生きてくれるのが俺の願いなんだ。エリィ、ジェイムズと幸せになってくれ。アイツの傍だったらエリィはいつも笑顔でいられるはず。ジェイムズはエリィをずっと愛してた…そしてこれからも…」

 ……………

 

 ジェイムズ、ジャックが笑って言ったの…"最高の兄さんだから…ジェイムズだったら許すよ"って。私、ジェイムズのこと…大事だって思ってた。でもいろんなことがあってその気持ちを抑えてきた。エミリーに言われたことが…心に深く刺さっていたから。エミリーに次はジェイムズって言われて…でも…私にはジェイムズもジャックも大事な人に違い無くて…だから…その大事な人を傷つけるようなことはしたくなかった…」

ジェイムズはアイスグレーの瞳に涙を溜めて私をじっと見つめる。

「そしてね…ジャックが言ったの」

 ……………

 

「愛してるよ、エリィ。もっとエリィの傍に居たかった。ジャックソンとも会いたかった。こうしてエリィを抱きしめていると離せなくなってしまいそうだよ。でも…もう行かなくちゃ…」

また白いモヤのようなものが出てきた…

名残惜しそうに私から離れていくジャックの最後の言葉…

「ジェイムズが待ってるよ。戻るんだ…エリィ。ジェイムズやエリィを愛してくれている皆のところに…」

「う、うん。ジャック…私…ちゃんと自分の気持ちに正直に生きるから…だから…」

わかったよって言うように安心した笑顔で白いモヤの中に消えていくジャック…

……………

 

「そして…目が覚めたの…」

そう言って俺を見つめるエリが涙で滲んで見えなくなりそうだよ。

涙が溢れて止められない…

ジャック…俺だったら許すか…オマエらしいよ。

でも…本当にいいんだな…俺がエリと生きること…

涙を拭いて見つめた俺にエリは言った。

「ジェイムズ…私、幸せになってもいいのかな?あなたと…」

エリ…

「2人で幸せになろう、エリ」

俺はエリを抱きしめた。

この日が来るなんて…エリに自分の気持ちを伝えることができるなんて…

ずっと報われることは無いと思っていた。

ジャック…オマエが俺の前に現れたりしたのはこういうことだったのか。

俺とエリを結びつけるために…

ジャック…俺は誓うよ。

エリを幸せにするって、ずっと愛し続けるって。

「ジェイムズ…」

嬉しそうな顔を向けるエリの唇にそっと自分の唇を重ねた。

エリ、愛してる…

唇を離した俺の顔を恥ずかしそうに見つめるエリを強く抱きしめ直した時、ジャックソンの笑い声がした。

振り返るとジャックソンを抱く母さんや父さん、ジョシュアが俺とエリを見つめていた。

そうだよな…俺とエリとジャックソン、3人で幸せになろう…